020.Fly
ノエルは偶然目が合った少年に、軽く会釈をしただけでグラウンドを後にする。
一言も話し掛けなかったのは、練習中は部外者に対して私語厳禁が徹底されているからであろう。
「彼は成功できると思う?」
駐車スペースに歩きながら、ノエルはアキラに真剣な表情で尋ねる。
「それは本人の努力と、運次第かなぁ」
「アキラもエイミーと、全く同じ事を言うんだ」
「プロスポーツで活躍してる人って、両方を持ってないと駄目だと思う。
それに高校野球って、何かトラブルが起きると連帯責任って奴があるんでしょ?」
「そうそう、本人には何の非も無いのにいきなり出場辞退を申し出たりね。
ニホンの学校の品行方正というのは、アキラに言うのは何だけど変だよね」
「……」
「あとは彼の出自が、歪んだ形で暴露されないと良いよね。
プロメテウスの法務部は優秀だけど、いざという時にフォロー仕切れるかどうか」
「それって、俗に言うゴシップ誌って奴?」
「そう。
彼はこの惑星育ちだし、処世術も身につけてるから無難に過ごして貰うのが一番だよね。
学園からこの高校への転入も、正式な手続きで行ってるから心配は要らないと思うけど」
☆
帰りの車中で、二人の会話は続く。
「校長が良く言ってるのは、この惑星に移住した『誰も』が快適に暮らせるようにしたいってこと」
「……」
「たとえば地元の警察に助けを求めるような事案が起きても、問題が起きないという単純な事。
まぁイケブクロだと、地元警察に顔が効くんだけど」
「それは……フウさんの顔が効くって事ですね」
「ほら、生徒が誘拐に遭いかけたり中華連合絡みの事件が色々あったからね。
外務省も、地元警察に強く保護を要請しているらしいし」
「保護が必要なのは、どっちかと言うと加害者側じゃないかと」
「ははは。
おっと危ない、通り過ぎる所だった」
珍しく慌てた様子で、ノエルがタイヤを鳴らしながらハンドルを切る。
「……」
「ほら、お土産の弁当を受け取らないとね」
広い駐車場は、どうやら地元でも有名な鰻の有名店のようである。
「鰻弁当ですか。
わざわざ予約してあったんだ」
「ほら数が多いから、飛び込みで注文するのは無理なんだ。
今日二人で出かけたのは、後席をしっかりと空けておかないと運べないからだし」
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ダンボールに入った大量の弁当で、後席は埋め尽くされている。
なぜこの分量になるのかは、ちょっと考えれば理解できるであろう。
「うわぁ、これだけの量だと鰻の香ばしい匂いがすごいね。
お腹がすいて来ちゃったかも」
「確かに。この匂いを耐えるのは、ある種の拷問かも」
「それでイケブクロの治安に関しては、拠点を潰したから残党はイケブクロ近辺に近づかなくなったし。
もっと言うと、ニホンからは殆どの残党は一掃されたと思うよ」
「確かにプロメテウスの拠点がある国には、寄り付かないって言われてるらしいね」
「ああこの匂い、お土産を配った後、僕たちが食べる分が残ると良いけど。
食べれなかったら、本当に罰ゲームみたいだよね」
「ははは」
☆
数日後、商店街にあるビストロ。
「マリーさんから食事に招待されるなんて、光栄ですね」
アキラは入店してすぐに、店内の客層が他の店とは違うのに気がつく。
商店街には外国人観光客が皆無なのに、店内ではニホン語以外のフランス語や英語が飛び交っているのである。
(この近くに大使館は無い筈だから、わざわざこの店に食べに来ているんだろうな)
やはりマリーが常連であるこの店は、知る人ぞ知る人気店なのであろう。
「この間の鰻弁当のお返し。
久しぶりに食べて、出来たてでとっても美味しかった!」
「でもユウさんが居れば、何時でもジャンプで購入して貰えますよね?」
「本人は気にしてないけど、配達業者代わりに頼むとフウが激怒するから。
今は何か業務のついででないと、頼めないようになっている」
「うわぁ、すごいボリューム!」
アキラと一緒に招待されたミーナは、配膳された前菜の盛り合わせを見て驚きの声を上げている。
分厚いパティや、色鮮やかな具材が入ったキッシュ、エスカルゴとブリュレで皿の上が溢れんばかりの様相である。
「僕はフランス料理は殆ど食べたことが無いんですけど、前菜の皿がこんなに豪華なのは初めて見ました」
「私はフランス料理は、この店以外では食べない。
星付きの有名店で奢って貰えるのは嬉しいけど、私にとって一番美味しいのはこの店の味とこのボリュームだから」
店内でサーブしている年配の女性が、マリーの声ににっこりと微笑んでいる。
運ばれてきたメインの料理は、牛ハラミ肉の赤ワイン煮である。
二人に配膳された皿もかなりのボリュームであるが、マリーの前に置かれた皿はまるで洗面器のような巨大さである。
焼き立てのフランスパンにリエットを分厚く塗りながら、マリーは真剣な表情で呟く。
ちなみにマリーの前に置かれたバスケットは、絶えずフランスパンが無くならないように補充されているようである。
「私は単なる大使館職員だから、偉くもなんとも無いけど。
ただアキラには、ニホンとは違う国の美味しい料理も知ってほしいから」
「でもユウさんは、フウさんの次に義勇軍での階級が高いって言ってましたよ」
「そうしておかないと、理不尽な命令が来る可能性があるから。
戦略兵器認定されている兵隊は、取り扱いが難しい」
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