015.Always Fateful
二人はアルコールに対して、尋常では無い耐性を持っている。
よって常人ならば泥酔してしまう量を飲んでも、軽くリラックスする程度の効果しか及ぼさない。
「アキラは、ニホン酒がとってもお気に入りなんだね」
ノエルが請われて注文した四合瓶は、評判は良い銘柄だが高級品では無い。
だが瓶から手酌を繰り返しているアキラは、その味にかなり満足しているようだ。
「これはとっても良いお酒ですね。
喉越しが良くて、どんどん飲めちゃうのが素晴らしい」
「ユウさんお気に入りの銘柄だから、その評価を聞いたら喜ぶんじゃない?」
ビール党であるノエルは、自らは国産の黒生ビールをパイントグラスで飲んでいる。
「この間居酒屋でご一緒したとき、ユウさんに勧められて初めてニホン酒を飲んだんですよ。
でもこの店は黒板に書かれてる銘柄も多いし、もっと美味しいニホン酒もありそうですね」
「アキラはアルコール依存症にはなりそうにないけど、程々にね」
「つまみも、駄菓子みたいなちょっと変わったのも美味しいです。
ニホンの居酒屋さんは、良いですね」
ウースターソースと辛子を付けたハムカツを、アキラはご機嫌な表情で口に放り込む。
ハムカツは居酒屋や角打ちでは当たり前のメニューであり、アキラの中では料理の貴賤という概念が存在しないのであろう。
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ノエルとは偶然競馬場で出会って親交を温めてきたので、実は付き合いはキャスパーと同じくらいに長い。
アキラが心底リラックスした表情を見せているのは、非常に珍しい事である。
二人の他愛ない話は続いていく。
「もっとしっかりと酔えれば、嬉しいんですけど。
強い蒸留酒は、後味が良くないので」
「へえっ、一応は試してみたんだ」
「ああいう蒸留酒は、違う料理と合わせるべきだとユウさんは言ってましたね」
「なるほど。
それはユウさんの母君の、専門分野だからね」
「最近の商店街の人達は、アキラをとっても頼りにしてるみたい。
それで高校生活はどうなの?」
「う〜ん、僕は学業以外は特に求めるものは無いので。
普通の『帰宅部』として、平穏な日常を求めてるだけなんですけどね」
アキラの場合は運動部に在籍して活躍する事を禁じられているので、こういう発想になるのである。
「アキラにしては、最近は迷いがあるように見えるけど?」
彼の近況については、同じマンションに住んでいるだけあってノエルはある程度把握しているのかも知れない。
「自分の事では無いと、判断を促すのも難しいんですよ。
ミーナが僕と一緒に転校することで、挫折感を感じてしまうのは宜しくないし」
「校長は、当初から雫谷学園に来てほしかったみたいだよね。
それでミーナちゃんは、なんて言ってるの?」
「一緒に転校するのは嫌じゃないけど、このタイミングじゃないって思ってるみたいですね。
何かやり残した事があるのかも」
☆
アルバイト先のジム。
「ねぇミーナ、後で話があるんだけど」
マシンを使った軽い筋トレ中に、一般会員である女性がミーナに話し掛ける。
地元民である彼女は、実は幼少時に祖父の道場で会って以来の知り合いである。ミーナよりは10歳は年上であるが、地元の高校で教師になっていた彼女と偶然再会したのは入学試験のタイミングである。
「はい?状態が良くならないなら、私じゃなくてアキラに聞いて貰いますけど?」
「ううん、お陰で腰痛はかなり良くなってるけど、それとは違う話なのよ」
彼女はミーナの母親の紹介で、ジムの一般会員になっている。整体や形成外科でも治療できなかった慢性的な腰痛は、やはり座り仕事が多い教師の職業病なのであろう。
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ジムの休憩スペース。
自販機を前にして、二人は小さなベンチで会話している。
「師匠が存命だったら、私は今のミーナの境遇ついて顔向け出来ないわ。
まるで逃げるようで気が進まないかも知れないけど、うちの高校に拘る必要は無いんじゃないかしら?」
「……」
彼女はミーナの祖父に恩義を感じているので、自分が手を出せないミーナの現状について憂慮しているのである。バイト先や商店街での溌剌とした様子を見るにつけ、そのギャップの大きさを痛感しているのは仕方がないのかも知れない。
「遠くない未来に、何か切っ掛けがあるらしいんです。
私の環境が変わるのは、その時になるらしいんです」
「占い?
そういうのは、嫌いかと思ってた」
「ええ、嫌いですけど信頼できる相手からのアドバイスは別です。
先生からのアドバイスも、決して忘れませんから」
毅然としたミーナの表情には、占いに縋る者の弱さなど全く感じられない。
運命に抗い道を切り開く強い意志を、彼女は感じざるを得なかったのあった。
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