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012.The Motions

「ばっちゃん、ミーナが学校に行ってる間、この仔を預かってもらいたいんだけど」


「あらぁ、すごく可愛い!チョビの小さい頃にそっくりね。

 貴方が譲って貰った犬なの?」


 上目遣いでばっちゃんを見ている仔犬は、初めての部屋にも関わらず物怖じした感じが無い。

 室内に居るじっちゃんの方へ、トコトコと近づいていく。


「動物病院の院長から、頼まれて預かってるんです。

 飼い主とペットショップが揉めて、行き先が無い状態になってしまって」


「あらあら、それは不憫ね。

 こんなに可愛いのに、引き取り手が居ないなんて」


「それで、出来ればチョビに躾けてもらいたいんです。

 この子ペットショップ出身で、展示ケースで育てられた仔なので」


 展示ケースを使用しているペットショップでは、仔犬の躾などまず行われない。最低限病気にならない状態をキープするだけであり、仔犬は単なる商材として扱われているだけなのである。


「なるほど。

 貴方、そういう訳でうちで預かって良いですよね?」


 「あ、あぁ」

 抱き上げた仔犬に顔を舐められているじっちゃんは、普段の威厳ある表情を蕩けさせている。やはり仔犬の可愛さは、無敵である。


「チョビ、この子の面倒を見て欲しいんだけど」


 チョビはハスキー専門のブリーダーの元で育った、血統書付きの優良犬である。

 母犬兄弟達と一緒に育ち、人間との生活で必要になる社会性を幼犬のうちにしっかりと身に付けている。


「この仔は世間知らずだから、ちゃんと教育して欲しいんだ。

 できるかい?」


「バウッ(まかせろ)!」

 じっちゃんから離れてチョビに近寄った仔犬は、いきなり噛みつこうとしてチョビに前足で押さえつけられている。やはり社会性が足りていないのが、明白になった瞬間である。


「チョビに任せていれば、大丈夫ですね。

 ミーナが帰宅後は、彼女が面倒を見ますから」


「それじゃ躾はチョビに任せて、私達は甘やかして大丈夫よね?」


「はい。周囲の愛情が足りなかった部分があるので、ばっちゃんは普通に接してくれれば大丈夫です。

 今の落ち着き無い様子も、徐々に変わっていくと思いますから」



                 ☆



 数週間後。


「ねぇアキラちゃん、この仔このまま私達夫婦で飼えないかな?」


「じっちゃんも同意見ですか?」


「というか、あの人が特に情が移っちゃったみたいなのよね。

 チョビの躾のお陰でいたずらも大分落ち着いて来たし、チョビも弟分が居ると嬉しそうだし」


「お二人とも健康状態が良好なので、僕も安心して任せられますけど、まず動物病院の先生の了解を取らないと。それにしても、顔つきや雰囲気が大分変わってきましたね」


「そうねぇ。やっぱり愛情を与えて育てるのが、動物って大事なのよね」



 ⁎⁎⁎⁎⁎⁎


 動物病院。


 医院の休診時間に合わせて、アキラは院長に会いに来ていた。


「ああ知ってる、チョビの飼い主夫婦だよね?

 お二人ともかなりのお年だけど、ハスキー2匹も一緒に大丈夫かな?」


「こんにちは。お邪魔します」

 このタイミングで、夫婦が受付を通して診察室に入ってきた。

 もちろん、リードを付けた幼犬も一緒である。


「あれっ、ご夫婦が来るって聞いてたんだけど」


「いいえ。ご本人です」

 アキラは院長に説明するように発言する。

 二人はまるで別人のように若返っているので、見間違えるのも当然なのであろう。


「ええっ!失礼ですけど、ご夫婦でお若くなりましたね!」


「はい。良いお医者を紹介して貰って、寿命が一気に伸びた気分です。

 それでこの仔の件なんですが」

 じっちゃんは外向きの威厳がある態度で、院長に接している。


「短期間でこの仔も変わりましたねぇ。

 栄養状態も良くなって、落ち着きが出てきましたね」


 かつて待合室で震えていた痩せた幼犬は、いまや肉付きも良くなり診察台の上でも堂々とした態度である。怯えた表情は微塵も無くなり、余裕のあくびをしている。


「それでペットショップに必要ならば、私たちから代金を支払いますけど」

 もともとチョビの飼い主だけあって、ハスキーの幼犬がとても高価であるのを理解しているのだろう。


「いえ。すでに所有権を今後主張しないと、同意書を貰ってますから。

 それにしても良い飼い主さんと巡り会えて、アキラ君に預けて正解でしたね」


「いいえ、僕は何もしてませんよ。

 チョビに躾を頼んだのが、やっぱり良かったんだと思います」


「ペットショップでの売買は職業柄否定できないけど、ちゃんと躾が出来るトレーナーさんが居ないと難しいよね。アキラ君みたいに、犬に直接お願い出来る人は稀だし」



                 ☆



「ミーナちゃん、あの仔に情が移っちゃった?」

 自宅に帰ったばっちゃんは、アキラの自室に寄って預けていたチョビを迎えに行っている。

 大型犬に慣れているミーナは、チョビとも大の仲良しなのである。


「はい。でもお二人の所へ行けば、いつでも会えますから。

 それにチョビと一緒に成長するのが、あの仔には良いと思います」



「うん。私もそう思うし、アキラちゃんは最初からそのつもりだったんでしょうね。

 最初にチョビとの相性を確認したのは、流石だと思うわ」


「アキラちゃんは、私達にあの仔の未来を託したのと同時に、私達に生きる意味を思い出して欲しかったのかも」


「……生きる意味ですか?」


「ほら私が倒れる前は、チョビの寿命を最後まで見届けるのが唯一の望みだったのよ」


「……」


「でも寿命を巻き戻せた今ならもっと先を見れるだろうって、アキラちゃんは言いたいんだと思うの」         

お読みいただきありがとうございます。

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