表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
357/426

009.Run

 早朝。


 チョビの散歩ルートである住宅街では、出勤中のサラリーマンが大勢通りを歩いている。

 そんな中を人混みの逆方向を走り抜けるチョビは、リードを持った那須山を引き連れてご機嫌の様子だ。


「なんとか、チョビについて行けるようになりましたね」

 二人の後方から様子を見ていたアキラが、信号待ちの那須山に声を掛ける。


「バウッ(ようやくな)!」


「ああ、普通のロードワークと違って、信号や歩道で止まって緩急が激しいからさ。

 アキラに相手をしてもらう、スパーリングと同じだね」


 彼のアキラに対する態度も、ここ最近で大きく変化しているようだ。

 傲慢な口調は無くなり、まるで年長者に対する敬意のようなものが感じられる。


「今日あたりは、通行人をスムースにすり抜けてましたね」


「ここ数年はボクシングの技術だけに凝り固まって、視野が狭くなっていたかな。

 アキラがいつも言ってるように、周りを観るのが如何に大切か気がついたんだ」


 ⁎⁎⁎⁎⁎⁎


「今日は実戦を想定して、ニホンランカーをスパーリングパートナーとして呼んでいる。

 減量も問題無いから、これで総仕上げだな」


 招聘したスパーリング相手は、那須山とランキングを競っているベテランである。


「那須山、ギャラが出るからスパーリングに来てやったが、試合前でも手加減は出来ないぞ」


 ニホンタイトルと言えども、先に挑戦権を獲得した那須山に彼は複雑な感情を持っているのだろう。


「はい。手加減されると、スパーリングにならないんで。

 折角来ていただいたんで、ダウンを取られないように頑張ります」


 穏やかな口調で応えた那須山に、彼はぎょっとした表情をしている。

 年長者に対しても傲慢な口調だった那須山の、以前とは違う態度に驚いているのだろう。


「お、おう。それじゃ全力でやらせてもらぞ。

 会長、それじゃ準備が出来たんでお願いします」


 ミーナがゴングを鳴らすと、インファイターらしい彼は那須山と距離を詰めてコンビネーション・パンチを繰り出す。

 那須山はガードを固めて、相手の出方をしっかりと観察している。

 以前ならゴングと同時にインファイター同士の激しい打ち合いになった筈なのだが、これは会長としても予想外の展開である。

 

「那須山どうした?フットワークは良いが、逃げてばかりだとスパーリングの意味が無いぞ」


 那須山は何やら呟くと、ゆったりとした動きでパンチを繰り出す。

 簡単にガードされるようなスローなボディブローだが、スパーリング相手が簡単にロープへ弾け飛んだ。


「アキラ、今のパンチは?」


「無駄が無くなって、パンチの効率が上がってますね。

 少しは練習の成果が出てるみたいです」


 結局スパーリングは、那須山がダウンを奪う事無く終了した。

 だが相手をしていたニホンランカーは、那須山の変貌にかなり驚いていた。


「こんなに短期間で、すごく成長したな。

 アキラがトレーナーとして、如何に優秀なのか再認識したよ」


「いいえ。僕の教えはこんなに短期間で習得するのは不可能です。

 いろんな無駄を削ぎ落とす事で、那須山さんの本来の実力が発揮出来てるんでしょう」


「このままお前に師事していけば、奴も順調に強くなれるかな?」


「……う〜ん。

 ミーナほどの素質があるかどうかが、一段上の強さを得られるかどうかの鍵ですね」


「お前のあの発勁みたいな技は、身につけるのは難しいんだな」


「ミーナを鍛えてるのは、可能性があるからですよ。

 別に興行に出すつもりはありませんけど、自分の身を守れるのは必要最小限の心得ですから」


                 ☆



 数カ月後。



「那須山が突然移籍を希望したのは、びっくりしたな。

 まぁ世界ランカーを目指すなら、うちのような弱小よりも名門ジムに在籍する方がチャンスが多いけどな」


 ニホンタイトルを獲得した那須山は、大手の老舗ジムに移籍した。

 会長に恩義を感じていたのは事実だが、上昇志向の彼はこのチャンスを逃せないと決断したのであろう。


「自分の所にも、一緒に移籍しないかオファーがありましたよ」


「へえっ、誘いに乗らなかったのか?

 専任トレーナーでも条件はかなり良いんだろ?」


「那須山さんが、移籍したジムに掛け合ったみたいですね。でも僕は興行の世界で身を立てるつもりはありませんし、今の環境が気に入ってますから」


「ただ天狗になった那須山が、今後どうなるかだな」


 ⁎⁎⁎⁎⁎⁎


「こんにちは。新規の一般会員希望者です」


「那須山!どの面下げて!」

 口調は厳しいが、会長の目は笑っている。

 円満とは言えない移籍だったが、彼個人を叱責するつもりは微塵も無いのであろう。


「いいえ、会長。

 移籍先のジムからも、こちらに一般会員として入会するのは許可を貰ってますよ」


「……」


「アキラのスカウトに失敗しましたから、教えを請うにはこうするしか無いじゃないですか?それに、こっちではボクシングのトレーニングはしないという条件で、出入りするのを認めて貰ってます」


「はぁ。会長が許可するなら、僕は今まで通りにできますけど。

 会長どうしますか?」


「……まぁ来る者は拒まずか。

 那須山、絶対にアキラには迷惑を掛けるなよ」 


「はい。アキラ、これからも宜しく!」

お読みいただき有難うございます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ