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008.East To West

 気絶から覚めた那須山は、自分の身に何が起きたのか理解できていないようだ。

 ようやくベンチから起き上がると、茫然とした様子で周りを見渡している。


「アキラに簡単にKOされて、自分の実力を思い知ったか?」


「……えっ、自分はダウンしたんですか?」


「そうだ。失神して泡を吹いてたぞ」


「うわぁ……試合でもダウンした事は無いのに。

 会長は、もしかしてアキラの強さを知ってたんですか?」


「ああ。ヘビー級の怪物ボクサーを、瞬殺したのを見たこともあるからな。

 だからヘッドギアを付けろと言っただろ」


「アキラは、なんで実力を隠してトレーナーをやってるんですか?」

 

「別に強さを隠している訳では無くて、大人の事情でアキラは表舞台には上がれないんだ」


「???」


「彼は出自を知られないように、『政府』から興行に出るのを禁止されている」


「『政府』って、彼はお忍びで滞在しているどこかの国の王族だとか?」


「まぁその部分の詳細は一切話せないが、ちょっと考えてみろ」


「???」


「アキラは強い、いや強すぎるんだ。

 たぶんどんな格闘技のチャンピオンでも、体格に優っても、アキラには勝てないだろう」


「会長がそこまで言い切れるって?

 まるで『何とか神拳』の伝承者みたいですね」


「実情はそれに近いだろうな。

 たとえば1ラウンドが始まって瞬時に試合が決まるのを、見に行く観客は居るか?

 そんな絶対的な強者と対戦したい選手は居るか?それが興行として成り立つのか?」


「……」


「その強さ故に、アキラは何処の誰なのか注目を浴びる事になるだろう?

 そうすると好む好まざる関係無しに、マスコミその出自を追いかける事になる」


「……」


 ⁎⁎⁎⁎⁎⁎


「アキラ、お前の目から見て那須山はどうだ?」


 ミーナと一緒にジム内の清掃をしているアキラに、会長は声を掛ける。

 那須山と会長のやり取りは聞こえていただろうが、アキラは気にした様子は一切無いようだ。


見せる腹筋(シックスパック)以外の周辺の筋肉が弱いですね。

 あとフィニッシュ・ブローを放つ際に、無駄な動きが多いと思います」

 モップ掛けの手を休めずに、アキラは具体的に指摘する。


「どうだ那須山、アキラからの的確なアドバイスは?」


「それなら、これから試合当日までスパーリングパートナーは、アキラだけに頼みますよ。

 会長、良いですね?」


「アキラどうする?」


「別に構いません。

 ただ会長、対戦相手の資料を出来るだけ沢山見せてもらえますか?」


「有能なお前に、トレーナー以外の業務を手伝って貰えるとは嬉しいな」


「乗りかかった船なんで、試合までに出来る限りの事はやらせて貰います。

 あとは那須山さん本人次第ですね」



                 ☆



「ばっちゃん、おはようございます」


 退院した老夫婦は、もう老人とは呼べないほど若々しく元気になっている。

 その証拠に、夕方のチョビの散歩は夫婦二人で行うのが習慣になっているようである。


「アキラちゃん、今朝も宜しくね。

 あれっ、今日はお連れが居るの?」


「アルバイト先の先輩で、チョビの散歩に付き合いたいそうです」


「あら、奇特な人ねぇ。

 怪我しないように、気をつけてね」


「それじゃリードをお預けしますんで、チョビのペースで走って下さい」


「アキラはどうするの?」


「後ろから付いていきます。

 チョビが怪我をすると、大変ですから」


「俺じゃなくて、犬優先か!」


「バウッ!(当然だろ)」


「気合を入れないと、引きずられますよ。

 それじゃスタートしましょう」


 ⁎⁎⁎⁎⁎⁎


「アキラ、毎朝このペースで散歩させてるのか?」

 純血種のハスキーであるチョビは、日々アキラと散歩して鍛えているので体力が有り余っている。

 まるで競技マラソンのようなスピードで走らされた那須山は、息も絶え絶えの様子である。


「ええ。チョビがまだ走り足りないみたいですよ。

 行きましょう!」


「うえぇっ、どういうスタミナをしてるんだよ。

 現役ボクサーより体力があるなんて」


「バウッ!」


「チョビがだらしないって言ってますよ」


「なぁアキラ、犬の言ってる事がわかるみたいだな」


「ええっと、那須山さんは解りませんか?

 それって、わかって当然かと思ってました」


「お前の事は、アキラじゃなくてDolittle(ドリトル先生)って呼びたくなったよ!」


 ⁎⁎⁎⁎⁎⁎



 午後、アルバイト先のジム。


 一般会員の面倒を見ながら、アキラは那須川のトレーニングにも付き合っている。現在リング上ではミーナと一緒に、那須川がゆったりとした動きでヨガのようなポージングをしている。


「この繰り返してるヨガみたいな動きが、どんな意味があるの?」


「呼吸法も含めて、格闘技の全ての基本とも言える動きなんですが。

 それじゃ試してみましょうか?」


「???」


「ミーナはこのトレーニングをもう半年ほどやってますが、那須山さんに彼女のパンチを受けてもらいましょう」


「おいおい。

 お前の彼女の細腕パンチが、俺に受けれないとでも言うのか?」


「論より証拠ですよね。

 ミーナ、手加減しなくても大丈夫だよ」


「はい!行きます!」

 12オンスの小さいグローブを付けた彼女は、衝撃に備えている那須川のボディにパンチを繰り出す。

 ボクシングの基本すら教わっていない彼女であるが、その動きはスムースで素早い。


「うぐっ……うえっ!」

 アキラとのスパーリングのように気絶する事はなかったが、膝をついた那須川は今にも嘔吐しそうである。 

 パンチの打撃というより、別の種類の効果がボディにダメージを与えているように見える。


 数分後。


「俺、ボクシングやめようかな。

 もう自信が、一欠片も残ってないや」


「那須山さん、ちょっと考えて下さい。

 ミーナは半年の鍛錬でもこれだけ効果が上がってますから、もともとボクサーである那須山さんが同じ期間鍛えたらどうなるでしょう?」


「おおっ、なるほど!」


「次の試合には間に合いませんけど、『継続は力なり』って言うんですよね」

お読みいただきありがとうございます。

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