005.Strangers Here
今日はユウと面識が無いアキラのために、師匠であるシンがセッティングした飲み会である。
普段なら寮やTokyoオフィスにつまみを持ち寄って開くのであるが、居酒屋に集合したのはユウが場所を指定したからである。
商店街のはずれに位置するその店は、地元の飲兵衛に広く愛されている庶民的な店である。
もちろんユウが推薦するからには、出てくる料理のレヴェルや地酒のラインアップもお眼鏡にかなっているのは当然である。
「へぇっ、君がアキラ君か。
ちゃんと挨拶するのは初めてだよね」
「ユウさんの事は、師匠から良く伺っています」
「師匠……中華料理の弟子なんだっけ?」
「アキラは僕の作る寮の食事を気に入ってくれて、基本から教えてるんですよ。
すごく鋭敏な味覚の持ち主なんで、そんなに教える事は残ってませんけど」
「師匠から教えて貰った料理は、毎日の弁当づくりに役立ってます。
それで、ここはお酒を出す店なんですよね?」
「そう。
須田食堂は常連らしいから、あそこで食べれないような料理を味わって貰いたくて。
ミーナちゃんは未成年だから、遠慮して貰ってゴメンね」
「アキラの免許証の年齢は20歳だから、お酒を勧めても犯罪にはならないんだよね。
ここにはユウさん好みの、良いニホン酒がたくさんあるんだ」
「この惑星のお酒は、全く飲んだことが無いです。
アルコール耐性は強いと思うので、酔っ払う事は無いと思いますが」
とりあえず生などという注文をせずに、ユウは初っ端から3人前の冷酒を注文している。
料理の方も事前に話を通してあるようで、オーダーを聞かずに次々とオツマミが運ばれてくる。
「この透き通ってるのが、お酒なんですか?」
「八●山っていう大吟醸酒。
匂いを嗅ぐと、ほんのりと果物みたいな良い香りがするよ」
「……これは、とんでも無く高価なお酒ですか?」
口に含んだ瞬間、アキラの表情が変わる。どうやら雑味の感じられない大吟醸酒の味に、驚いているのだろう。
「ううん。我々庶民が晩酌に使える、普通の値段のニホン酒だよ」
「……これが普通なんですか?
もしかして、この惑星って飲酒文化が異常に進んでるんですか?」
「私は他の惑星に行った経験が無いけど、シン君なら答えられるんじゃない?」
「あはは。そういえば、ノーナが似たような事を言ってたなぁ。
この惑星の食文化は、歪んだ形で進化しすぎているって」
「このお品書きに書いてあるお酒が、みんなこのレヴェルって事は無いですよね?」
「いや、これは最初の一杯だから軽めの辛口だけど、もっとどっしりしたのも沢山あるよ。
メニュー表やあそこの黒板に書いてあるお酒は、ハズレは無いんじゃないかな」
「うわぁ。
酒好きのご先祖様がこの惑星に来たら、間違いなく身を持ち崩していましたね」
⁎⁎⁎⁎⁎⁎
「お刺身も、食べる機会は無かったでしょ?
「刺身……、火を通してない生魚ですよね?」
「まずこの白身の鯛からかな」
「歯応えがあって、淡白な味ですね。
微妙な旨味も感じます。
それにこの醤油は、師匠から紹介して貰ったものよりも味が濃いですね」
「ニホンの飲食店の素晴らしいのは、外食でも安心して刺身を食べられる点かな。
それぞれの魚の味の違いがはっきりしてるから、食べると楽しいんだ」
「この皮目が光ってる魚は、見掛けとちがって味が濃いです」
「これだけ脂が乗ってるサンマは、あんまり食べられないかな。
サンマはこの肝醤油を付けて食べると、さらに味が強くなるよ」
ユウはアキラに、サンマ刺し身用の小皿を差し出す。
ここでユウは冷酒のおかわりを注文せずに、マスターに声を掛ける。
「ボトルキープしてた●保田を出してくれる?」
「シンさんは、あまり刺身を食べてないですよね?」
「うん。
ほら僕の身近にはエイミーが居るから、食べたい時にはいつでも彼女に頼めるからさ」
「???」
エイミーとは面識があるアキラであるが、彼女の寿司職人としての腕前は全く知らない。
「自分でも作れるけど、このポテトサラダとかハムカツとかのジャンクっぽいツマミが嬉しいんだよね」
「ジャンクっぽいって???」
「ああ、確かに。
こういうメニューは大量じゃなくて、少しだけ摘むのが嬉しいんだよね」
「このポテトサラダという料理は、とっても美味しいですね」
シンの発言に刺激されたのか、アキラは他のツマミにも手を延ばしている。
「ヒューマノイドは出自が違っても、味覚はそんなに違わないのが面白い点だよね。
この惑星に異星人が観光に来たがるのは、料理を楽しむのが一つの目的らしいし」
「キャスパーみたいに偏食に近い好みがあると、マズいけどね」
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「まだ数ヶ月だけど、アキラはニホン語の上達具合が凄い!」
程よく酔いが回ってきたのか、ユウの口調が滑らかになっている。
「ミーナのおかげです。
日々の会話でも、ニホン語以外は使ってませんので」
ユウと同じだけニホン酒を口にしているのに、アキラは顔色はもちろん酔った様子を微塵も感じさせていない。
「そうそう、Tokyoオフィスでも、彼女は気立てが良くて可愛いって評判だよ。
さすがアキラは見る目があるって」
ビール好きのシンは、いつの間にかジョッキの生ビールに飲み物をチェンジしている。
「師匠、今度は魚料理も教えて下さい」
ブリの刺し身が特に気に入ったのか、アキラは続けざまに頬張っている。
脂の旨さが理解できるのは、やはり中華料理に慣れているからであろうか。
「それならユウさんに直接教えて貰った方が良いよ。
僕もニホン料理は、ユウさんに手ほどきを受けたしね」
「せっかくだから、組み手の相手をしてもらって、ついでに料理を教えようかな」
「ユウさんは、いまさら僕と組み手の必要が無いほど強いですよね?」
アキラの彗眼は、ユウの格闘技の強さを瞬時に見抜いていたのであろうか。
「いやいや、本当の達人との組み手は、この惑星に居るとなかなか実現出来ないからね。
母さんはシン君の鍛錬で忙しいし」
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