004.Where Life Will Never Die
夜半。
アキラの部屋の家具は全て保護者であるキャスパーの趣味で選ばれているので、ソファも欧州の有名家具メーカー製である。そのソファでリラックスしながら、アキラはコミュニケーター経由でシンと会話をしている。雫谷学園に通っていない彼が高価なコミュニケーターを貸与されているのは、校長の判断によるところが大きい。
「師匠、ユウさんが作った例のカレールーなんですけど」
「あれっ、アキラはカレーは苦手だって言ってなかったっけ?」
どうやらシンは厨房で何かの作業中らしく、水音が聞こえている。
きっと厨房にあるコミュニケーターユニット越しに、会話をしているのであろう。
シンは多忙を極めていても、厨房に立つ習慣を未だに続けているのである。
「はい。でもミーナがあのカレーの味が好きなんで、出来れば手に入れたいと思いまして」
ちなみにミーナはすでにベットに入っているので、この場には居ない。
彼女は学校生活に加えてジムでのバイトもあるので、夜はベットに入った瞬間に熟睡している。
「そうか、須田食堂で食べたんだ。
ちょっと待っててくれる?」
「はい?」
「……今、玄関の前に、レトルトパックを置いたから。
味見して気に入ったら、定期的にそちらに送るように手配するよ」
「お手間を掛けてすいません」
「あのカレーはレシピは単純なんだけど、同じ味に仕上げるのはとっても難しくてね。
僕もユウさんからレシピを教えて貰ったんだけど、うまく出来なくて」
☆
アキラは毎朝の習慣で、自室よりも高層階にある部屋を訪問していた。
玄関が開いた瞬間、立派な体格のハスキーが待ちかねたようにアキラに飛びついてくる。
「アキラちゃん、おはよう!
今朝もチョビをよろしくね」
妙齢の女性が、アキラに笑顔で挨拶してくる。
「はい、お預かりします」
いつものリードを渡されたアキラは、興奮しているハスキーを瞬時に宥めている。
目線で待てと指示するだけで、尻尾をバタバタさせながらもハスキーは待ての姿勢をキープしている。
「アキラが指示を出すと、チョビは言うことを素直に聞くんだな。
儂らが言っても、全部無視するのに」
室内から貫禄のある男性の声が聞こえる。
「それじゃ行ってきます」
アキラはマンションから出ると、伸縮式のリードを手に走り出す。
大柄のハスキーはアキラの横にぴったりついて並走しているが、まるで短距離走のようなスピードである。
途中でパトロール中のお巡りさんに遭遇するが、アキラとハスキーの並走は見慣れているのか何も言ってこない。なにより散歩中のハスキーが嬉しそうな様子は、愛犬家で無くても微笑ましく感じてしまう光景なのであろう。
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「只今戻りました……ばっちゃん、具合が悪いの?」
玄関ドアを開けた後座り込んでしまった女性を、ハスキーが首を傾げて見ている。
「だ、だいじょうぶ。ちょっと目眩が」
「SID、シンさんと連絡がつくかな?」
ソファに崩れ落ちた彼女を見ながら、アキラは胸元のコミュニケーターに呟く。
普段から表情が乏しいアキラであるが、瞬きすせずに彼女の様子を注視している。
「……いま繋ぎますね」
「師匠、お願いがあります。
ナナさんの所へ、運んで貰いたい患者さんが居ます。
緊急です」
「ラジャ、すぐに行くよ」
前置き無しに用件のみを伝えたアキラは、数秒後に現れたシンを玄関を開けて迎える。
室内に居る男性は、何か起きているのか理解出来ないという表情である。
「ばっちゃん、この人にしっかり掴まっててね。
すぐに楽になるからね」
既に意識が混濁している彼女に、アキラは優しく語りかける。
シンは彼女を優しく横抱きすると、玄関ドアから一瞬で姿を消した。
「じっちゃん、僕たちはタクシーで向かいます」
「おいアキラ、儂らのかかりつけの病院を知ってたのか?」
「お分かりだと思いますが、ばっちゃんは普通の医療では直せない段階です。
治療出来る知り合いの所へ、運んで貰いました」
「……」
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都内某所の研究所。
病室ではばっちゃんとアキラに呼ばれた女性が、点滴を繋がれ静かに睡眠している。
顔色も良くなって、呼吸にも問題は無いように見える。
「アキラ、事前に相談してくれれば良かったのに。
本人意思を確認せずに、もう処置を始めちゃったよ」
「お願いします。
この惑星で出来た最初の知り合いで、とっても大切な人なんです」
「旦那さん
奥方は数週間で元気になりますが、一つ問題があります」
「何だ、治療費か?
それなら幾らでも問題無く払えるぞ」
「いいえ。
処置を進めると、奥方はとても元気になって寿命が大幅に伸びる事になるでしょう。
ですから、あなたにも同じ処置をする必要があります」
「そんな事が可能なのか?
本当に若返りが出来る医療なんて、聞いた事がないぞ」
「延命に関してプロメテウスの医療レヴェルは世界一で、限られた人たちだけに適用されている処置です。
ですから、奥方様と一緒に長生きされるのが、我々が提示する唯一の条件になるわけです」
「百万長者が少年まで若返ったという、あのインチキ話か?」
「プロメテウスが処置をするかどうかは、富豪とか有名人であるかは全く無関係なんです。
長生きしてこの惑星にメリットをもたらせるのか、その一点のみで決めさせて貰っています」
「それを決めるのは、神を気取った誰かなのか?
儂は品行方正とは言えない人生を歩んできた男だから、該当するとは思えんが」
「判断するのは人間じゃなくてAIですけどね。
今回はアキラ君のリクエストなので、その点は問題ありません」
「ナナさん、費用は僕に請求して下さい」
「ふふん、ケイローンに請求書を出せって?
そんな罰当たりの事をしたら、銀河中の笑いものになっちゃうよ」
お読みいただきありがとうございます。