002.At Your Feet
雫谷学園寮。
髪をポニーテールに纏めてもらったミーナは、来客用のジャージを着てリビングに戻ってきた。
同じ湯船に浸かったエイミーとルーとは、初対面にも関わらずだいぶ打ち解けているように見える。
ざんばら髪を後ろにまとめただけで、彼女の整った面差しが顕になっている。大きな目は細面と相まってまるで妖精のような印象であり、悪霊から大きくクラスチェンジしている見かけである。
リビングに昼食に現れた初対面のメンバーは、ミーナを見るとみな優しく微笑んでくれる。
ゲストに慣れているというのもあるようだが、どうやらアキラはこの場所で絶大な人気を得ているようで、それが連れである彼女への態度に現れているようだ。
「アキラは、この寮ではみんなに好かれてるんだ。
本当なら同じ学園に通う筈だったんだけど、本人が公立高校に行きたいって言い出してね」
浴場でもお世話してくれたルーという女性は、ミーナの首を傾げた表情を見て内情を説明してくれる。
「はぁ……」
「まぁミーナちゃんみたいな可愛い彼女を捕まえられたんだから、公立高校に行ったのも良かったのかもね」
「ルー、むだぐちおおい」
口調は鋭いが、アキラの眼差しは真剣では無い。
二人は、お互いに遠慮なく喋れる間柄なのだろう。
「ははは。英語で議論すると絶対に勝てないからさ、ニホン語ならまだこっちに分があるかな」
「エイミー、いつもの美容室午後なら空いてるって」
お世話係らしき、妙齢の金髪美女がエイミーにニホン語で伝える。
どうみてもニホン人っぽいメンバーが一人も居ないのだが、なぜかこの場所での会話はすべてニホン語である。
「すいません。寮長に電話までして貰って。
ミーナちゃん、食事が終わったら一緒に外出するからね」
リビングの大テーブルには、いつもの寮の昼食風景である大皿が並んでいる。
大きな取皿にエイミーが次々と料理を載せていき、最後に彼女に尋ねる。
「ミーナちゃんは、白米とチャーハンどっちが良いかな?」
「それじゃチャーハンで。
あ、ありがとうございます」
「はい。おかわりが欲しかったら、どんどん自分で盛り付けてね。
それともアキラがやってくれるかな?」
ここでミーナの臨席に居るアキラが、黙ってサムアップしている。
「あの、ここではいつもこんな大勢でこんなご馳走を食べてるんですか?」
「ははは。
大皿が並んでるから豪華に見えるけど、普通のスーパーで買えるような食材しか使っていないからね。
ユウさんが主催するイベントに比べれば、質素な昼食なんだよ」
ここでアキラが師匠と読んでいた男性が、ミーナを見ながら優しく応える。
確かに品数は多いが、炒めものや餃子が主体の大皿はごく当たり前の食材が使われている。
しかもバランスを意識しているのか、アキラが作る弁当のようにふんだんに野菜が使われているのが特徴である。
「……これ、アキラが作ったのと同じ味、です」
「へえっ、ミーナちゃんはアキラと同じで味覚が鋭いね。
アキラは何でもすぐに覚える、優秀な生徒なんだ」
シンの一言に、アキラは再びサムアップを返したのであった。
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「ねぇマスター、彼女をおまかせで可愛くして貰える?」
エイミーと一緒に外出したミーナは、大使館の側の美容室へ来ていた。
地元に密着しているらしいその店は、寮生にはお馴染みの店らしい。
「へぇあのアキラちゃんの彼女なんだ。
それなら気合を入れてカットしないとね。
ざっくりショートにしちゃっても大丈夫?」
性別不詳の語り口である店主は、アキラともしっかりと面識があるようだ。
「……は、はい。大丈夫です」
エイミーの目線での問いかけに、小さな声で彼女は応える。
「せっかく綺麗な顔立ちをしてるのに、前髪で隠しちゃうのは勿体ないからね」
「マスターもそう思うでしょ?
まだ学生だから、カジュアルな服装が似合う髪型が良いかな」
「まかせて!」
☆
数日後。
ごく一般的な髪型になったミーナであるが、学校での扱いは全く変わらない。アキラとの関係がより深くなった事にやっかみがあるのか、逆に陰口が酷くなったかも知れない。清潔になって彼氏?も出来た彼女は、今や女生徒達の嫉妬の対象なのであろう。
もっともミーナはそんな事は微塵も気にしていない。無視され陰口を叩かれるのは慣れているし、アキラと過ごす充実した時間もどんどんと長くなっているからである。
アキラがトレーナーとしてアルバイトしているジムは、本格的なボクシング以外にもトレーニング目的の会員を多く受け入れている。単なる雑用係として採用されたアキラは、会長のお気に入りとして今ではトレーナー業務を一手にまかされるようになっている。世界ランクに名を連ねている選手から、一般会員までアキラを頼っているメンバーは多い。そのマッサージの腕前や健康管理に関する医師をも凌駕する洞察力は、今やジムの中でも重宝されているのである。
「かいちょう、彼女はぼくのともだちなんですが」
「おおっ、アキラの彼女なら自由に出入りして良いぞ。
お前が面倒を見てくれるんだろ?」
「はい。もうすこしからだが出来てきたら、入会手続きをさせてもらいますから」
「うんにゃ、入会手続きよりアルバイトとして雇いたいかな。
お前の彼女なら、役に立つに違いない」
「ええ。
とってもかしこいですし、コンピュータのあつかいもとくいですよ」
「名前は何ていうのかな?」
「ミ、ミーナです」
「ミーナちゃんは細いなぁ。でも骨格がしっかりしてるからアキラの言う通りに過ごしていれば、すごいナイスバディになれるんじゃないかな」
「が、がんばります!」
ジムに出入りするようになったミーナは、アキラの手が空いた時間に入念なマッサージと、ウエイトトレーニングをするようになった。
自宅に帰らずにアキラの自宅で過ごす時間が増えている彼女は、すでに周囲からは同棲してるように見られている。毎日アキラと同じベットで寝ている彼女は、数ヶ月前とは全くの別人になりつつある。
アキラと一緒に食事をし、毎日彼の指示通りにトレーニングし入念なマッサージを受ける。それだけで停滞していた彼女の成長は一気に促進された。まるで洗濯板だった上半身は女性らしい曲線を描き、短距離走者のアスリートのような細マッチョのボディになりつつある。おどおどしていた態度もおちついたものに変わり、彼女の高い知性と相まって普段の印象も変わった。まるで彼女は蝶が蛹から脱皮したように、大きな変貌を遂げつつあったのである。
☆
数カ月後。
キャスパーと面談するために入国管理局に現れた二人は、地階のオフィスの応接セットで向き合っていた。
キャスパーはひさしぶりに会ったミーナを見つめると、目を擦る大げさなジェスチャーの後に感嘆の言葉を発する。
「あらまぁ!ヒカルゲンジ計画がこんなに短期間で成果を上げるなんて凄いわね。
まるで別人28号だわ」
「キャスパーさん、言ってる意味が良くわからない」
この数ヶ月でニホン語が上達したアキラは、もはやニホン人だと言われても違和感が無くなっている。
「まぁこの冗談は君にはまだ早いか。
それで彼女の保護者に挨拶に行きたいって、たしかにこの惑星だと結婚できる年齢だけど?」
「この惑星では女性と付き合う場合には、保護者に許しを得る習慣があると聞いている」
「あなたは特別な処置無しで子供を作れるのは確定してる事実だけど、そのつもりがあるってこと?」
「はい。ただしミーナはまだ若すぎる。
かなり先になるかもしれないけど、そのつもりで一緒に住んでいる」
「ふぅ〜ん。
ミーナちゃん、アキラの子供を生むつもりはある?」
「はい。私がアキラに相応しいかどうか自分ではわかりませんけど
そうなれるように日々努力したいと思っています」
凛とした気品すら感じさせる彼女は、数ヶ月前に目線が定まらずオドオドしていた女の子とは全くの別人である。
「あらら、本当にケイローンってすごいのね。
この短い期間で、これほどまでに彼女が変わるなんて」
お読みいただきありがとうございます。