033.Freedom
ハワイでの操縦訓練終了から数日後。
フウのいつもの呼び出しで、シンとエイミーはTokyoオフィスに来ていた。
「エイミー、ちょっとお願いがあるんだけど」
「フウさんがシンで無く私にお願いって、珍しいですね」
「視てもらいたいものがあるんで、地下まで同行して貰えるかな。
ああ、シンも一緒に来てくれ」
最下層にある立派な保管庫は廃業した古い銀行の金庫室の扉を再利用したもので、まるで銀行強盗の映画のセットを見ているようだ。
ちなみにこの地域は地盤が強固なので、最下層の更に下にトンネルを掘って侵入するのは非常に大変だと推察できる。
扉の内部に入ると、やはり廃物利用したのであろう無数に並んでいる大きめのコンテナボックスの一つから、フウが弾薬入れのような金属製の箱を取り出す。
「これって、例のユニットですか?」
「そうだ。これは完全なブラックボックスなんだが、一点だけ判明した事実がある。
ユニットは寸法や外見は完全に同一なんだが、重量だけがそれぞれ違うんだ」
「私は由来を『視る』ことは出来ますが、機能や構造を的確に指摘できるかどうかわかりませんが」
「やってもらいたい事は、シンと相性の良いユニットを選別してもらいたいんだ」
「今後のことを考えて手持ちの戦力の底上げをしたいのはわかりますが、シンに少しでも危害が及びそうな事はフウさんのお願いであっても承知できかねます」
エイミーは瞬きをしない強い目線をフウに向けながら、しっかりとした口調で返答する。
「ああ、それを含めてエイミーに判断をして貰いたいんだ。
ほんの僅かでも懸念があるなら、シンに無理強いをするつもりは無いよ」
フウはエイミーの一言をあらかじめ予想していたかのように、笑みを浮かべながら言葉を返す。
「シンはどう思いますか?」
「メトセラ由来のユニットで、ユウさんが使えているなら忌避する理由は無いかな。
実際にアクティベーションできるかどうか分からないし、僕はエイミーの判断を信じるよ」
シンの口調には少しの躊躇も迷いも無く、ここ数ヶ月で培ってきたエイミーとの強い絆が感じられる。
複数あるユニットは弾薬箱のような無骨なケースに収められているが、ユウが発見した時には無かった透明な素材でそれぞれのユニットはカバーされラベルが付いている。
エイミーはユニットを数秒間凝視すると、その中の一つを取り出し言葉を続ける。
「全部のユニットに不安な感じはありませんが、唯一これだけが特別な感じがします」
「特別ということは、これをエイミーが選択したという事なのかな?」
「……はい。これがシンに『相応しい』ユニットかと思います」
「SID、室内の監視カメラ全部でFPSを上げて状態をしっかりと確保するように。
シン、ユニットを保護シートからゆっくりと出してみてくれ」
「あれっ??」
透明な保護シートから指で取り出した瞬間に、ユニットが透き通ったような状態になり見えなくなる。
持っていた感触すら無くなったのでシンは足下や周囲を見るが、一瞬前まで見えていたユニットはどこにも見当たらない。
「SID、画像は確保できたか?」
「はい。まるで空間に溶けるように消失しました」
「シン、気分は?」
「えっと……ごく普通ですね。これって、僕がアクティベーションさせたって事ですか?」
「ああ、ユウの場合と同じ現象だから間違いないだろう。
ただ彼女の場合でもジャンプが有効になったのは翌朝だったから、暫くは何も変化は無いと思うが」
「大丈夫です。シンに何か変化があれば、私かシリウスが直ぐに気がつきますから」
数分後のトーキョーオフィスのキッチン。
「シンはユウさんが使っているジャンプが羨ましいんですか?」
専用の置台に乗って、下茹でした野菜を刻みながらエイミーがシンに問いかける。
彼女はここ数か月シンの料理の手伝いを続けているので、包丁の扱いも手慣れたものである。
「いや、ユウさんのジャンプは自分と手荷物しか運べないから、それほど羨ましくはないかな」
巨大な寸胴から茹で網に入ったパスタを湯切りしながら、シンは応える。
マリー用として3キロの大袋を一回で茹でているので、茹で上がりは7kg以上ありかなりの重量感である。
「?」
エイミーは刺身包丁で器用にマグロの切り身を作りながら、コクリと首をかしげる。
「エイミーが一緒にジャンプできるなら、その能力も欲しいかも知れないけど」
巨大なアルミフライパン2枚を同時に煽りながら、シンはさまざまな具材を混ぜ入れソースを絡めていく。
メニューはCongohトーキョーのキッチンでは珍しい、ベーコンの厚切りとキノコや沢山の野菜が入った和風パスタである。
本来はすぐにお暇するつもりだったのだが、シンの作るパスタがお気に入りのマリーに袖を掴んで懇願されると断るのは難しい。
アンやフウは料理に関しては保守的で和洋折衷のパスタを作るという発想が無いし、ユウは自分が食べる分以外にパスタ料理を作ることは殆どない。
エイミーは大きい深皿に盛り付けた白米の上に、茹でたブロッコリーとキャベツ、サツマイモ、鳥のササミをトッピングしていく。
これはお散歩ついでに同行しているシリウス用のメニューで、急遽用意したものである。
もちろんリビングの隅でシリウスを警戒しているピートにも別の皿を用意しているが、こちらは白米の量が少なくトッピングには上質な赤身の生まぐろが載っている。
「じゃぁマリーがお待ちかねだから、リビングに行こう」
マリー用のパエリア皿に山盛りになったパスタと、普通サイズのパスタ皿数枚をワゴンに乗せながら、シンはエイミーに声を掛ける。
いつもの笑顔で頷いたエイミーは両手で持ったトレーにピートとシリウスに用意した皿を載せて、シンと一緒にリビングに向かった。
☆
Tokyoオフィスからの帰路。
「シン、ちょっと大事な話があるんですが?」
シリウスのリードを持ちながら、エイミーがシンに小声で話しかける。
まだこの辺りは静かな住宅地なので、小さな声の内緒話もお互いの距離が近ければしっかりと聞き取れる。
「うん何かな?」
「今日の地下室の事なんですが……実はあそこにあったユニットについては、かなり正確に中身を把握できていました」
「それは……エイミーの能力って凄いんだね」
「たぶん私が選んだユニットは、ユウさんのように『直ぐに』ジャンプ能力を付加してくれないと思います」
「?」
「シンがアクティベーションしたユニットは、特定の能力を付加するのでは無く、装着者の望んだ能力を追加可能な特殊なユニットだと思われます」
「ああ、さっきのキッチンでの会話はそういう意味なんだ。
僕はユウさんほどニホン国内に土地勘が無いし、初見の場所に使えないジャンプ能力は要らないかな」
「それで、シンが空を飛んでいる映像が一瞬頭をよぎったのですが……」
「ああ、アノマリアの事なのかな。
航空機みたいな揚力のある物体を重力制御するのは楽なんだけど、自分自身の体を制御して空を飛ぶのはかなり難易度が高くてね。
それにフライト恐怖症もあったから、その部分の訓練は今まで殆どやってないんだ」
「過去の同じアノマリア保持者も、どうやら飛行技術を習得した人は居ないみたいでね。
揚力のあるウイングスーツを着ていれば制御が楽になるんだけど、訓練であれを着ていると出来損ないのプレスリーのコスプレみたいだし。
それに何より地上から飛び立つ難易度がとても高くてね」
「でもフライト恐怖症が克服できている今なら、スーパーヒーローみたいに飛べるんじゃないですか?」
「まぁ空間迷彩が使えるなら、使ってみたい気もするけど。
D●コミックスのヒーローみたいに飛んでるのを目撃されると、動画で撮られて『フライング・ヒューマン』みたいな扱いをされそうで怖いけどね」
「メトセラには過去に偉人と呼ばれる人が沢山居るみたいですが、スーパーヒーローとして名を馳せた人は居ないんですか?」
「何人か居るみたいだけど、出る杭は打たれるっていうのは定説だから。
その反省も込めて、今のプロメテウスの体制になっているんだと思うよ」
ニホンに滞在して数か月。エイミーはシンの言葉を深く納得して聞いていた。
ただ颯爽を空を飛んで、悪者を退治するシンのヒーローとして活躍する姿を想像してしまったのは、ここだけの話である。
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