001.Change Me
物語の背景は変わりませんが、久しぶりの新ヒーロー登場の章になります。
イケブクロにある公立高校。
この学び舎は明治時代から続く長い歴史を持っており、現在でも進学校として名を馳せている。
伝統校だけあって繁華街に隣接しているにも関わらず静謐な校風であり、地元のボランティア活動にも積極的に参加し高い評価を得ている。
入試の競争率が高い学校であるが、転校生や帰国子女を受け入れていない訳では無い。
米帝学年の期末では無い珍しい時期に編入してきたその生徒は、一見するとごく普通の帰国子女に見える。
細く引き締まった体躯はいわゆる細マッチョであるが、高すぎない上背はニホンの人混みの中でも目立たない。濃いブラウンの髪色は校則に抵触するほどではなく、彫りの深い顔立ちにしてもソース顔?として普通に容認できるレベルである。欧州のニホン文化とは掛け離れた場所から来たという触れ込みの彼は、ニホン語の会話は決して流暢では無いが、編入試験ではかなりの高得点を叩き出したので、学校側としては入学を許可せざるを得なかったのであろう。
それだけなら周囲から浮いてしまう要素はそれほど持っていなかった筈である。その彼がクラスメートから敬遠される様になってしまったのは、大きな後付の理由があったからである。
担任の教師から彼の教育係?として任命された女生徒は、成績上位者ではあるがかなりの嫌われ者であった。針金のように細い手足。洗髪した事が無いような油でベタついた髪は、前髪を含めて伸びっぱなしのように見える。体臭がきついとまでは言えないが、頻繁に入浴していない彼女は客観的に見ても清潔とはほど遠い印象である。さらに前髪からのぞく大きな目は、伏目がちでしかも視線が定まらない。まるでホラーに登場してくる悪霊のような印象なのである。彼女はその性格や人柄以前に、外見で大きく損をしていたのである。
教科書がまだ揃っていない彼と、教育係の彼女はいつも席を並んで座っていた。
男性と至近距離で過ごした経験が無い彼女は目線がいつも以上に定まらずおどおどしているが、教師からの指示を無視する事は根が真面目なので出来ない。そんな二人の様子を見て同じクラスのメンバーは誰一人として近づいてこないが、彼は彼女を忌避する事も無く平然としている。清潔とは言えない彼女の前でも、顔色一つ変わらない態度である。
とある日の昼食時。
いつも小さな菓子パンを一つだけ齧っている彼女の前に、彼から弁当箱が渡された。
「……You Need More Nutrition」
お世話係として日々接している彼女は、彼がニホン後よりも米帝語の方が得意なのを知っている。彼から渡されたアルマイトのドカベンには、ぱんぱんに敷き詰められた白米に中華風の炒めものが載っている。
「これを……私に?」
「みなこ、すききらい(おおいの)?」
「いいえ。……なんで私なんかに?」
「せわに なってる ともだち だいじ。
それに えいよう なにより だいじ」
見かけは茶色主体の地味な弁当だが、炒められた食材は絶妙な火の通り具合で味付けも抜群である。
玉ねぎや青梗菜、ピーマン以外にも、豚バラ肉が贅沢に入ったその栄養バランスは、まるで栄養士が計算したように偏っていない。まるで中華料理店で出されるような味付けに、普段は少食の彼女も抗う事は出来ない。
「……おいしい!」
「そう。えがお だいじ」
大きな犬歯を剥き出しにしてにぱっと笑う彼は普段の寡黙な感じとのギャップが大きく、遠巻きにしているクラスメートすら驚きの表情を浮かべていたのであった。
☆
数日後。
同級生との交友関係は一行に広がらない彼であるが、教育係の彼女との距離はどんどん縮まっていた。
クラス内では、二人はすでにアンタッチャブルのカップルのような扱いになっているが、担任もまとめて厄介払いが出来たので特に問題にはしていない。幼少時から友達が居なかった彼女にとって、初めての友人が男性だというのも面白いめぐり合わせであろう。
「ミーナ、あしたよていある?」
アキラのニホン語はまだ辿々しいが、彼女は既に愛称で呼ばれる事にも慣れ始めていた。
気安く下の名前で呼ばれるのは、嬉しくもあり恥ずかしくもあり複雑な心境なのであるが。
「……いいえ」
「りょうりのししょうのところへいく。いっしょどう?」
休日は図書館で過ごすのが習慣だった彼女は友人と遊びに行くという経験が無かったが、アキラに誘われて断るのは今の彼女には難しい。
二人が待ち合わせて訪ねたのは、イケブクロのハズレにある瀟洒なマンション?である。看板は一切出ていないが、どうやら学生寮として運営されているようである。特に受付を経由することも無く、アキラはどんどん奥の部屋へ進んでいく。
「あら、アキラ、いらっしゃい!
彼女は新しく出来たお友達?」
金髪碧眼のグラマラスな美女が、流暢なニホン語で出迎えてくれる。
そのフレンドリーな感じにミーナは戸惑っているが、それにも増して彼女の整った顔立ちに既視感を感じているようだ。
「がっこうでせわになってる。
いちばんのともだち」
リビングに居るのは同世代?の女性ばかりであるが、人見知りでおどおどしているミーナに対しての視線がなぜか優しい。嫌悪感の視線に慣れてしまっている彼女には、逆に落ち着かない雰囲気である。
「へえっ、さすが女性を見る目がありますね。
ねぇアキラ、しばらく彼女を借りても良いかな?」
ここでリビングに現れた美少女が、アキラに話しかける。
全身からオーラが立ち上っているような存在感を持った、この世のものとは思えない美貌の持ち主である。ミーナは口をあんぐりと開けて、彼女から目が離せなくなっている。
「あなたがそういうなら」
「ああそれじゃその間、僕がアキラの相手をしてるよ。
ちょうど昼食のタイミングだし、新しい料理を覚えられる絶好のタイミングだからね」
料理の師匠として彼女に紹介された彼は、アキラを連れて厨房へ向かう。
アキラはミーナに対して、彼らは大丈夫だとアイコンタクトで伝えている。
「名前は何ていうの?」
威圧感を与えないような優しい口調で、絶世の美女はミーナに尋ねてくる。
なぜか彼女はミーナの手を包み込んで、抱きつきそうな近い距離感である。
「……ミーナ、です」
間近で見る女性は、この世のものとは思えないほど整った容姿である。
それにほんのりと、鼻に優しい香りがただよっている。
「それじゃヘアカットの前に、最初はお風呂かな。
姉さん、いつものお客さんのように手伝ってくれる?」
「うん、アキラの彼女なら張り切っちゃおうかな」
⁎⁎⁎⁎⁎⁎
「……温泉の匂い」
「そう。単純泉だけど、本物の温泉なんだ。
へえっ、筋肉も脂肪も足りないけど、いい骨格をしてるよね?
磨けば光るタイプだよね」
姉と呼ばれた女性は、手慣れた様子でミーナの服を脱がせていく。
躊躇無く下着まで剥ぎ取った彼女を、手をつないで浴場の中へ連れて行く。
「着ている服はこっちでクリーニングするから、預からせてね。
SID、彼女に似合うカジュアルな服の在庫はあるかな?」
一緒に浴場までついてきた絶世の美女が、なにやら壁面の誰かに向けて話している。
全裸にさせられたミーナは、訳がわからずにキョトンとした表情である。
『リラさんの体型とほぼ同じですから、ジーンズやワークシャツ、ワンピースなら在庫があります』
浴場の中で、ミーナは借りてきた猫のようにされるがままである。
ケロリン桶に腰掛けたまま、全身をくまなく洗われている彼女は、あまりの気持ちよさに船を漕ぎそうになっている。姉と呼ばれた女性はエステシシャンの資格でも持っているのか、長い髪をしっかりと洗われたミーナは虚脱した表情になっている。
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