019.Never Lost
「こちらJellycat。
ノエル君、まだ警戒を怠らないでね」
既に3発のミサイルを処理したユウ達は、機体の上昇限度高度に留まって旋回している。
後席に座っているマリーも、処理したミサイルの質量が小さいので体力的にまだ余裕があるようだ。
「こちらPitayaOne。
残存燃料はまだありますから、上空を旋回しながら待機します」
長距離偵察用の機体であるDragonLadyは、燃料搭載量も当然多い。もっとも特殊な規格のジェット燃料を必要とするので、基地の責任者であるジョンはコストの面で頭を抱えているかも知れないが。
「SID、発射地点は割り出せた?」
アナログ計器が並んでいる旧式な初期ブロックのコックピットだが、A−4等の古い機体の操縦経験もあるユウは戸惑いを全く見せていない。可変翼は自動で追従し、操縦性は素直でユウのスティック捌きにしっかりと反応している。
『Tokyoオフィスを襲撃した無人機と一緒で、駄目ですね。
突如上空に出現したという事実以外、不明です』
「こちらハワイベース管制から、Jellycatへ。
ヒッカムの管制から問い合わせがあったよ」
「一方的にミサイルを撃たれてる側としては、何とも言えないですよね。
アンノウンと交戦中とも報告できませんし」
「まだ余裕があるみたいだね。
ヒッカムから防空目的でF−16が発信したから、IFFの設定を確認してくれる?」
「ラジャ、確認しました。
SID、もしヒッカムの機体がミサイル攻撃されたら、どうなるかな?」
『ミサイルが出現した瞬間にパージされるので、レーダーが捉える間もないでしょうね。
プロヴィデンスは侵略に類する行為は、手段の如何に関わらず排除しますから』
「こちらの所為にされたら堪らないから、それは良かったかも」
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ヒッカムから発進したスクランブルのF−16は、飛行中のユウ達を確認すると早々に帰っていった。念のためにF−14の翼下にミサイルが未装備なのを確認して貰ったのは、管制のジョンからのリクエストだったのであろう。
「攻撃はあれでお終いかな」
『もしかして、既にパージされてるかも知れませんけど』
「こちらPitayaOne、同乗者の体力が心配なのでそろそろ帰還しようと思います。
ユウさん、降下中の警戒をお願いできますか?」
「こちらJellycat。
了解
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ハワイベース滑走路。
自動のトーバートラクターに牽引されたDragonLadyは、滑走路の隅に移動していた。
キャノピーを開閉した前席から器用に滑り降りたノエルは、ヘルメットを脱ぎ捨て後席のティアのためにタラップをセットする。ハワイベースは要員が不足しているので、手間がかかる作業ですら自前で行う必要があるのだ。
自らもまだ気密服を来ている窮屈な状態だが、無尽蔵な体力を保持しているノエルにとっては苦にならないのであろう。
「ティア、大丈夫?」
キャノピーを横開きすると、ぐったりとしたティアの姿が目に入る。
ヘルメットを脱がすと、かろうじてまだ意識を保っている状態でなんとか口を開く。
「これは……思ったより消耗した!
宇宙飛行士を尊敬!」
飛行訓練を受けていない一般人としては、予定を超過したフライトで意識を失わずにいられたのは上出来と言えるだろう。
「ジャグジーに入ってのんびりできるから。
もうちょっと頑張って」
窮屈な後席からティアを引っ張り出しながら、ノエルは優しく声を掛けたのであった。
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「うわっ、すごい量のハンバーガーだね」
ティアと一緒にジャグジーに入っていたノエルは、さっぱりした表情でリビングに現われる。
ティアはまだ足腰がおぼつかないので自室のベットで横になっているが、心配は要らないであろう。
「マリーが厨房にこもって、作ってくれたんだよ。
すごい美味しいから、ノエル君たちもご馳走になりなよ」
料理が苦手なジョンは評判が悪すぎて厨房に立つ事は無いが、決して味音痴という訳では無い。
「姐さんがハンバーガー番長だとは知ってたけど、食べるのは初めてかも」
ここで簡素なコック服を身にまとったマリーが、大量にハンバーガーが乗った追加のワゴンとともにリビングに現われる。
「ん。
ソースや具材も何種類かあるから、順番に味わって」
「ねぇマリー、このちょっと辛いソースも、この甘いソースも絶品なんだけど。
どこで手に入れたソースなの?」
ハワイベースの現調理担当であるアニーは、バーガーの味付けに関心している。世界中のファストフードを食べてきた彼女なので、未経験の味付けには興味津々なのであろう。
「私のオリジナルレシピ。
いま犬塚食品と、商品化を協議中」
「これなら業務用としても、引く手あまたになりそうだよね。
とりあえず定期配送便で扱えれば、みんな大喜びかも」
ノエルは身贔屓では無く、素直な感想を述べる。
いちはやくリビングに来ていたセーラは、すでに数個を平らげているようだ。
「Tokyoやヒッカムでは美味しいバンズが用意できるけど、それ以外の場所ではバンズが入手困難。
それが当面の課題」
「ねぇマリー姐、このポテト、ハンバーガーに負けてないほど美味しいんだけど?」
「これは犬塚の料理長から紹介してもらった、ホッカイドウからの産直品。
皮付きのポテトで、小ぶりだけど絶品の味!」
「ほんとだ。僕も欧州でいろんなフレンチフライを食べたけど、どれにも負けてない美味しさだね」
「Avoir Faim!」
ここで唐突に現れたティアが、リビング全員の爆笑を誘ったのであった。
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