015.Morning Star
引き続き来客中の応接間。
「今回の件とは直接関係無いんですが……お願いしたいことがあるのですけど」
ブリオッシュの件で打ち解けたのか、彼女はかなりリラックスした雰囲気に変わっている。
「なんでしょうか?」
「もし宜しければ、この基地内にあるプライベートビーチを拝見できますか?」
「ああ、そんな事ですか。
何か環境面での問題でもありましたか?
我々は、ハワイ州の各種法律を遵守するように徹底してる筈ですけど」
「いや逆です。うちの海洋生物担当者が、とても感謝していまして」
「???」
「イルカの群れが、観光客に邪魔されずに休憩できるオワフ島唯一の場所だと。
プロメテウスの基地に行くなら、ぜひ様子を見てきて欲しいと言われてまして」
「ちょうど僕の姉がいまビーチに行ってますけど、これからご覧になりますか?
別にイルカだけを贔屓にしてる訳では無いんですけどね」
ハワイ・ベースの基地内には若干数の小動物も生息しているが、数が多いのはやはり鳥類であろうか。
生息種類の調査は行っていないが、オワフ島由来の個体はほとんど網羅しているだろう。
⁎⁎⁎⁎⁎⁎
プライベートビーチに向けて、2人は歩いていく。
「あそこでスケッチブックを広げているのが、僕の姉です。
ティア、ちょっとお邪魔するよ」
ティアはちらりとノエル達に頷くと、スケッチの続きを一心不乱に描いている。
どうやらイルカの姿形を、スケッチしているようである。
ノエルが空いているビーチチェアを勧めると、彼女は背もたれを使わずにちょこんと腰掛ける。
一言断りを入れてから、ビーチの様子をスマホで撮影している。
「本当に穏やかな様子ですね。
それに砂浜も清掃が行き届いて、本当に綺麗です」
湾岸警備隊所属だけあって、島内の海水浴場の現状はしっかりと把握しているのであろう。
「Congohでは、この砂浜用に清掃機器を開発しましたからね。
今世界中でパテントを取ってますから、製品化されるのも直ぐかと思いますけど」
「贅沢な保養施設ですよね」
「いえいえ、海岸の敷地を所有してるのは保安上の理由も大きいんですよ。
この敷地に海岸から侵入しようとすると、レーダーに引っ掛かるようになってますから」
「あの不審船みたいなのは、此処には接近出来ないって事ですね」
「ええ。
詳細は国家機密に属するんでお話出来ないんですけど、おかしなチョッカイを掛けられるのはここ最近だけじゃないんで。本当は辟易してるんですよね」
「そのご事情は小耳に挟んだ事がありますけど、本当の事だとは思ってませんでした」
「政府機関の方でも、この辺りの事情に鼻を突っ込むと厄介ですからね。
まぁプロメテウスはこの辺りに長年関わっているので、免疫がある唯一の国ですから」
☆
来客が帰ったリビング。
「ノエル、本場のカレーが食べたい!」
「ユウさんのレトルトカレーは美味しいけど、たまにはインド風のカレーも食べたいよね」
「それならオワフにも、パキスタンの人が経営してる店が何軒かあるよ」
「あれっ、エリーにも聞いたことがありませんでしたけど」
「ほら、あの子は辛いのが苦手だったから、あんまり利用して無かったんだよね」
「へえっ、そんな店があるなら後学のために私も行ってみたいな」
現在のハワイベース食事担当であるアニーも、利用した事が無いのであろう。
「アニーはインド料理風の調理も出来るんでしょ?」
「うん、本場で修行した訳じゃないから、あくまでもそれ風だけどね。スパイスが効いた料理の好きな人も多いし、学園の食堂でもペリメニは人気メニューだったでしょ?」
⁎⁎⁎⁎⁎⁎
昼食は教えて貰った店で摂るために、ジョンを除いた一行は外出している。
ジョンは辛いものが苦手なので、お留守番である。
「あらら、有名なサンドイッチ屋さんの隣なんだ」
こじんまりとした店舗は、間口は狭いが奥行きは十分にあるようだ。
薄暗い店内には、香辛料の強い香りとバスマティ米の独特の匂いが漂っている。
「ねぇノエル、なんで大きなクーラーボックスを持ってきてるの?」
「ここはリカー・ライセンスの関係で、アルコール飲料が出せないと聞いてるから。
お客が自分で持ち込みできるんだ」
「ラッシーは美味しいけど、冷たいビールとカレーは相性が良いからね」
4人がけの広いテーブルに案内された一行は、写真が皆無の殺風景なメニューを見ている。
「お腹すいてるけど、私は辛いのは苦手」
ティアは心配そうな表情である。
「ここは顧客の要望をちゃんと聞いてくれるらしいから、大丈夫でしょ。
すいません!」
ノエルがメニューを見ながら、躊躇無く注文を入れていく。
カレーはマトンとチキンの辛味を抑えたもので、チャパティとライスメニューは大量に。ケバブとミックスグリルも辛味を抑えた全メニューを注文を入れている。この辺りは、視察を兼ねているアニーの事情に合わせているのだろう。
「お客さん、こちらから言う事では無いけど頼みすぎでは?」
女性の4人連れに見えるのだろうか、一品毎のボリュームがある料理が殆どなので客観的に見ても注文しすぎていると感じられるのであろう。
「みんな大食いだから、大丈夫じゃないかな。
余ったらしっかりと持ち帰るから、心配しないで」
ここで店員さんはノエルの足元のクーラボックスを見て、ようやく納得してくれたようである。
お読みいただきありがとうございます。