014.Let It Go
ティアが投擲した石礫は、目に止まらぬスピードで着弾する。
続けて投擲した2投目が再び命中すると、発射寸前だったミサイルが誘爆したのか轟音と共に爆発が起こる。
『!!!!』
「うわぁ、まさかの大当たりだね!」
ティアの豪腕は知ってはいたが、まさか本当にダメージが与えられるとは思っていなかったのであろう。火柱が大きく上がった船体は勢いよく燃え上がり、静寂に包まれていた周辺がいきなり戦場の様相を呈している。
『ノエル、さっさと現場を離れた方が良いですよ。
通報した湾岸警備隊の船舶が、そろそろ到着します』
「ラジャ。
ティア、面倒が起こる前に行こうか」
「やりすぎた?」
「ううん。
いつも頼りにしてるよ、姉さん」
「エッヘン!」
⁎⁎⁎⁎⁎⁎
現場からの帰路。
炎上したボートから距離を取ると、静寂が再び戻ってくる。
ノエルは既に、沿岸警備隊と米帝関係各所へ顛末を報告するようにSIDに依頼済みである。
「これで当分は邪魔が入らない?」
インカム越しにティアが話しかけてくる
彼女は物事に動じないタイプであるが、さすがに絶え間なくトラブルが続いて嫌気が差しているのであろう。
「そうだと良いね、いやそう願いたいかな」
ノエルは深刻さが微塵も感じられない、呑気とも言える口調で返答する。
爆発や銃声が日常である戦場で生まれ育った彼にとって、この程度はトラブルとは言えないのかも知れない。
☆
翌朝。
珍しく朝寝したノエルは、リビングで焼き立てのブリオッシュを頬張っているセーラを見つける。
彼女が早起きなのは習慣では無く、空腹に耐えかねて目が覚めるからであろう。
「このブリオッシュは、食べ慣れてるけど飽きない味」
カーメリで製造され焼き上げ前に冷凍されているブリオッシュは、定期配送便で世界中に送られて重宝されている。アラスカでは消費量が膨らんでいる為にすでに現地製造されているが、基本的な製造レシピや原材料は全く同一なのである。
「普段自宅で使ってる電気釜より、ここのは性能も高いから焼き上がりが抜群だよね。
ところでティアは?」
「イルカを見に行ってる。
今日は一日、プライベートビーチに居るって」
ここでリビングに入ってきたジョンが、ノエルに来客を告げる。
「湾岸警備隊の隊長さんが来てるけど」
事前のアポ無しでの訪問は、昨日の事情徴収以外には考えられないであろう。
「わぁ、ずいぶんとお早いお出ましで」
「14管区所属の彼女は、僕も一応顔見知りなんだ」
退役軍人であるジョンは、いまだに軍関係者に幅広いコネクションを持っているのである。
滅多に使用しない応接室に、ノエルは飲み物とブリオッシュが入ったカゴを抱えて入室する。
ジョンの知己だという彼女は、ネイビーブルーの制服に身を包み尉官であるのが一目瞭然である。
「エスプレッソですけど、宜しかったらどうぞ。
朝食がまだでしたら、焼き立てのブリオッシュもありますよ」
「ありがとう。
今日は休暇中のノエル少尉にお会いしたくて来たのだけど、ご不在なのかしら」
遠慮無くブリオッシュに手を伸ばした彼女は、ハワイベースに来たのは初めてでは無いのであろう。
「自分がノエル少尉です。はじめまして」
ノエルは敬礼では無く、普通に頭を下げるニホン式の挨拶を行う。
ニホン暮らしも長いので、こういう所作には全く違和感が無い。
「あら、大変失礼しました。
お綺麗なんで、文官の女性かと勘違いしました」
「あはは、性別を間違われるのは慣れてますので。
一応文書で報告を入れましたけど、現場で撮影した動画もありますのでご覧になりますか?」
「ええ是非。
船体は回収しましたけど、謎の部分があまりにも多くて」
⁎⁎⁎⁎⁎⁎
部屋備え付けの大画面を見ながら、聴取は進んでいく。
胸元のコミュニケーターから撮影した動画は、まるで現場に居合わせたように迫力満点である。
「船籍が不明でしかもミサイルでロックオンされたので、反撃したと」
「ええ。武器は使いませんでしたけど」
「現場の動画に写ってますけど、たしかに武器では無いようですね。
あんな凄い投擲が出来るなんて、彼女はソフトボールの選手か何かなの?」
「僕の姉は、ちょっと普通の人より筋力がありますから」
「はぁ、力持ちというレヴェルの話では無いと思いますが。
人的被害も出てませんし、正当防衛に関しては疑いは無いですかね」
「あの船って、衛星無線でコントロールされるドローンですよね?」
「ええ。FBIに照合中ですけど、欧州製の可能性が高いとうちの鑑識課は言ってるわ」
「過去に似たような事例はあるんですか?」
「ううん。
こんな観光地でテロ紛いの事件が起こるなんて、滅多に無い事だから。
この画像は送っていただいても大丈夫かしら?」
「ええもちろん。
米帝の関係機関には、出来るだけ協力するのがうちの方針ですから」
「あらヤダ!
気がついたらこんなに食べちゃって、はしたないかも」
カゴに入っていたブリオッシュが空になって、彼女はようやく食べ続けていたのに気がつく。
「朝食抜きだったんですね。
早朝から仕事をさせちゃって、申し訳ありません」
「いいえ。こんなに美味しいブリオッシュは、ミラノのバールで食べて以来かも」
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