032.Crossfire
「いいなぁ、リコはジェットに乗れて……」
滑走路にフライト酔い?で座り込んでいるリコを見ながら、ルーが呟く。
管制塔からは滑走路がしっかり見えて冷房も効いているので、ルーはここからフライトを見学していたのである。
「ルーも直ぐに乗れるから、もうちょっとの辛抱だね」
サングラス姿のレイは、管制業務を終了して戦術ネットワークをシャットダウンしていく。
練習機と言えども米帝の空域を使用する場合には、ネットワークに接続しないと予想外の事態に対処が出来ないからである。
「えっ?」
「あれっ、義勇軍の教育カリキュラムを説明しなかったっけ?
単発レシプロの後は、単発ジェットの基礎操縦課程だよ。
次の長期休暇は、ここであのA-4を使って僕が教えることになってるけど……ルーは遠慮する?」
「やったぁ!絶対に参加する!」
「トーキョーに居る間はシミュレーター訓練がメインになるけど、座学もしっかりやるからね。
事業用免許の筆記はどの段階でも難しいから、真面目に勉強しないと受からないからそのつもりでね」
☆
ハワイの大浴場に設置されているジャグジー。
小柄でまだ成熟していない体型のリコは、均整の取れた女性らしいユウや、小柄だがそれなりに胸があるルーと比較するとかなり幼く見える。
だが今の彼女は全裸を恥ずかしがる余裕も無く、ジャグジーの噴出する泡に体をまかせてぐったりとしている。
事前に耐G訓練を一切行わずにジェットに乗ったのだから、これは当然の結果であろう。
「ふぁ~っ、じゃぁルーも引き続き一緒に訓練できるんだ。
で、シン君は?」
泡風呂の効果で多少気力を取り戻したリコが、やっと言葉を発する。
「ん~、シンは今のところジェットパイロットになるつもりは無いみたいだから、ヘリの訓練を先に受けるって」
今日は何の訓練も受けていない観客だったルーは、リラックスした様子で答える。
大きすぎない綺麗な胸と柔らかい印象を受けるユウの身体を横目でリコは羨ましそうに見ていたが、ユウの視線が自分に向いたので慌てて目を逸らす。
「私は義勇軍の訓練は全く受けてないから、細かい相談はアンちゃんにすると良いよ。彼女はもう中尉で私よりも階級が上だし」
ユウが二人の教え子に、アドバイスを送る。
「ええっ、私より一つ年上のアンさんって、中尉さんだったんですか?」
「地道に努力を続けてるからね。シミュレーターの使用時間もかなり長いし。
カーメリにもしょっちゅう研修に行ってるしね」
☆
数日後、アンが経営しているイケブクロのジェラートショップ。
「ルーはずっと嬉しそうだったね」
フリルが付いたメイド喫茶風の制服を着たリコが、同じ服装のルーに恥ずかしそうに話しかける。
「こういう可愛い制服を着て、アルバイトするのが夢だったんだ。
気持ちよかった~!」
トーキョーに帰国後、多忙でなかなか捕まらないアンを訪ねてイケブクロのジェラートショップを訪問したリコとルーは、いつの間にか制服に着替えて接客を手伝う羽目になっていた。
繁忙の時間帯が過ぎてやっとバックヤードに戻ることが出来たので、バイト代替わりに出して貰ったジェラートを手に二人は寛いでいる。
「いつもは子供と女性客が殆どなんだけど、やっぱりアイドル級の可愛い子が二人居ると男性客の引きが強いね」
バックヤードに入ってきたアンが、ご機嫌な口調で二人に話しかける。
いつもは女性と子供のリピーターがほとんどなので、新規に男性客を獲得できたのが嬉しい様子である。
「アイドル級って……。
は、恥ずかしかったです。この短い丈でフリフリのスカートは」
「これはねぇ、ユウさんがモデルになって選んだ制服なんだ」
「ええっ、これをユウさんが着てたの?」
普段から訓練でユウの凛々しい姿を見慣れているルーは、大げさな口調で驚いている。
「うん。SID、証拠写真を表示して」
「アンさん、それは肖像権の侵害では?」
文句を付けながらも、アンのコミュニケーターにはユウのドレス姿が表示される。
「うわぁ、かわいいっ!……この写真からだと年齢がわかりませんね」
「ふふふっ。年齢のことは、プロメテウス関係者の前では禁句だよ」
「あ、はい。すいません」
そういえば自分の母親も、日頃から年齢の話題になると決まって不機嫌になっていたのをリコは思い出していた。
「二人はアドバイスが欲しいんだっけ?
ルーは従軍経験があるみたいだし特に心配な点は無いけど、リコちゃんはいきなり研修に行くとかなり大変かな。
ハワイで操縦訓練を続けてカーメリで研修すれば尉官として任官できるけど、義勇軍は陸海空みたいな区切りが無いからね。
いきなり軍隊の空気に慣れるっていうのも大変だし、イタリア語もかなり堪能じゃないと辛いかな」
「イタリア語は問題ないと思いますが、軍隊のあの雰囲気が得意じゃないので……」
「じゃぁ、リコちゃんはケイさんの所へ体験入隊なんてどう?
もうそろそろ陸防女性新兵のブートキャンプがあるって聞いてるし、それに体験入隊させてもらえば?」
「えっ、陸上防衛隊ですか?」
「うん、ケイさんは今は入国管理局所属なんだけど、教官役が足りないから定期的に手伝ってるみたい」
「それ面白そうだから、私も参加する!」
「ルーには必要ないと思うけど……まぁ、ケイさん達とコミュニケーションが取れるから良いかな。
じゃぁユウさんと相談してスケジュールが決まったら連絡するから」
☆
「というわけで、二人をブートキャンプに参加させて欲しいんですが。
あ、勿論キャスパーは了承済みです」
オフの前日にジャンプでアサカに向かったユウは、大量に持ってきた肴をピクニックの様に広げてケイといつもの酒盛りをしていた。
翌日はケイも非番なのを確認済みなので、二人はかなり早いペースでユウが持参したニホン酒を飲んでいる。
ニホン酒はいつものようにフウに選んで貰った辛口の純米大吟醸で、ラベルには毛筆で大きくブランド名と小さくグレード表示が『碧寿』と書かれている。
「ユウが個人的に面倒を見た方が、早いんじゃないか?」
冷めても美味しいもち粉チキンをもぐもぐと頬張りながら、ケイが満足そうな表情で呟く。
「ははは。
航空防衛隊のパイロット候補は、ブートキャンプみたいなのが無いんですよ。
私は歩兵の技術も習った事が無いし」
「お前のスナイピングの腕前を見てると、それは説得力が無いな。
でもあのルーって子には、訓練は必要無いだろう?歩兵としてかなりの技量があるように見えるぞ」
今度はフウが作ったローストビーフを挟んだサンドイッチを、ケイが美味しそうに頬張る。
ユウとの宅飲みは、飲み屋では到底注文できない混沌とした余りものメニューが特徴なのである。
「ええ、フウさんも期待している大型新人ですからね。
本人が参加希望で、リコの付き添いも兼ねてる感じですかね」
「まぁベックがいつも世話になってるし、ユウの頼みは断れないかな。
ただし一週間のキャンプ中、お前も炊事担当で参加して貰うぞ」
「ええっと……引率の担当教師枠で参加するとして、炊事当番だけならやり繰りすれば大丈夫かな。
陸防の新人は何人参加ですか?」
「今回は3名かな。
食事の問題だけクリアできれば、陸防の隊員食堂を使わなくて済むからな。
陰口を言う訳じゃないが、あそこはメシマズで有名なんだよ」
「了解です。じゃぁスケジュールが確定したらこちらもメニューを考えますので連絡して下さい。
これで仕事の話は終了っと……」
「ユウ、来たよ!」
大きな寿司折りを持ったキャスパーが、寮のリビングでリラックスしている二人の前に現れる。
ユウとケイの宅飲みは、キャスパーの乱入もあってまだまだ長く続くのであった。
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