010.All We'd Ever Need
「このプライベートビーチを気に入ったみたいだね」
大きなパラソルの下で、ティアとセーラはリラックスしている。
ちなみに軽装で二人が寝そべっているビーチチェアは、リラクゼーション機能が強化されている特注品である。
「時間がゆったりと流れるのが素敵。
イルカの群れも、間近で見れるし」
ティアはペットボトルで喉を潤し、日差しに目を細めている。
ハワイベースの敷地内にあるビーチには、イルカが多数浅瀬まで来ている。
遊んでいるというより、睡眠を取るための静かな場所として群れで移動してきたようである。
「本当に静かだから、寝床にしてるイルカが多いのかな」
「……発している声は理解出来ないけど、穏やかな気持ちが伝わってくる」
ティアは特殊な共感覚で、イルカの気持ちを理解できるのかも知れない。
「ノエル、甘いものが食べたくなった!」
昨日は(マリー用に入手した)マラサダをティアと一緒に味見していたのだが、量が少なかったので甘味が不足しているようである。
「あっ、私も!」
「甘いもの……あぁ姐さんが気に入ってるダイナーがあるから、午後はそこへ行こうか!」
今回のハワイベース滞在の目的は、ティアが希望した観光である。
ハワイベースでは飛行訓練三昧だったノエルにとっても、ゆったりと観光のみで過ごせる時間は新鮮なのである。
☆
「ここのホテルの、1Fフロアの店?
こんな軽装で大丈夫?」
欧州でホテルに滞在する機会が多かったセーラは、高級ホテルのドレスコードを理解しているようである。
「うん。
カジュアルな雰囲気の店なんで、服装は問題無いみたいだよ」
ゆったりとした4人掛けのテーブルに、一行は案内される。
いつものように女性の3人連れと思われているせいか、窓際の静かな席である。
「おっきなパンケーキが食べたいけど、メニューが分かりにくい!」
メニューを広げていたティアが、ノエルに助けを求める。
彼女は米帝語の読み書きは問題無いが、初見の文字だけのメニューは料理の内容を想像しにくいのであろう。
「ティアはイチゴが好きだから、ストロベリー・アンド・クリームかな。
甘めのホイップクリームは大丈夫?」
過去にマリーのお供で利用した事があるノエルは、メニューについては熟知しているようだ。
「うん!ホイップクリームは好き」
「ノエル、ハワイアン・キネのハウピアソースって何?」
「ほら、昨日食べてたマラサダに入ってたでしょ?」
「うっ、あの変わった白いソース!」
「ココナッツ・ソースはやっぱり癖があるから、バナナ・フォスターなんてどう?
セーラはバナナは好きだよね?」
ノエルは飲み物を含めて、年配のウエイトレスさんに慣れた様子で注文していく。
3人は観光客には見えないので注文しすぎを咎められる事も無いが、彼女はちょっと困ったような表情をしている。チップの額に関係してくるので大量注文は嬉しいが、食べきれない量を知らんぷりするのは職業倫理に反しているのであろう。
「この二人はとっても良く食べるから、大丈夫ですよ」
ノエルが囁き声でサインを送ると、ようやく彼女は納得してくれたようだ。
次々と配膳される料理で4人がけのテーブルが満杯になっているが、大食いの二人なので問題は無いであろう。
「これがチャレンジメニューなの?
思ったより量が少ない」
「いや、普通の人はこんなに一度に食べないからさ」
セーラの呟きが聞こえたなら、ウエイトレスさんは驚くに違いない。
2Kgを超える巨大パンケーキは、取り分けを前提としたメニューなのだから。
ノエルは大皿のクラブハウスサンドを食べているが、横からセーラやティアの手が伸びてきてサンドイッチがあっという間に減っていく。二人はパンケーキで甘々になった口直しに様々なメニューを摘んでいるので、マカロニチーズやエッグベネディクト、大盛りタコスの皿も早々に無くなっている。
「うわぁ、皿を追加しなきゃ。
すいません!」
テーブル並んだ料理が綺麗に片付いている様子を見て、声を掛けられたウエイトレスのおばちゃんは信じられないという表情をしている。特に大皿のパンケーキ2皿分が、早々に食べつくされているのに驚いているようである。
☆
ホテルの駐車場まで歩く道すがら、セーラがノエルに小声で聞いてくる。
「ねぇノエル、此処ではTokyoオフィスみたいな事は起きないよね?」
メンタルが強靭な彼女であっても、周囲に与える被害を無視する事は出来ないのであろう。
「この島には米帝の基地が複数あって、常時レーダーで監視されてるからね。
Tokyoの住宅街とは違って、不用意に手出しは出来ないと思うよ」
「でもハワイベースは治外法権だよね?」
「海岸線から接近しても、複数の基地のレーダーに捉えられるんじゃない?」
「あのイルカ達の、安眠を邪魔するのは許さない!」
海岸線と聞いて唐突に発したティアの一言に、ノエルとセーラは思わず笑顔になったのであった。
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