009.My Hope Is In You
夜半の自宅リビング。
BGM代わりのCNNを眺めながら、3人はいつものように雑談に講じている。
「本物の鯨が見れる場所?」
「うん」
「もしかして博物館の大きな模型に、興味を惹かれちゃったのかな?」
「うん。
それに母星にも似たような生き物が居たから、生きてる姿を見てみたくて」
「シロナガスクジラの実物を見るのは難しいだろうけど、他の種類ならば見れるかもね」
「ノエル、だったらハワイが良いんじゃない?」
「セーラ、もしかして自分がハワイに行きたいんじゃないの?」
「うっ……そうかも」
『ノエル、この時期、ザトウクジラならプライベート・ビーチの沖合で見れる可能性がありますよ』
ここでSIDが、自然な様子で会話に割り込み提案する。
「ああ、それは良いかも。
わざわざ、クルーズ・ツアーに参加するのは大変だしね」
「リッキーは?」
「う〜ん、連れていきたいのは山々なんだけど、慣れない場所はあんまり好きじゃないみたいだし。
いつものように、Tokyoオフィスに預けるしかないかな」
☆
ナリタ空港滑走路、ワコージェット機内。
「ユウさん、操縦して貰って助かります」
コパイシートでチェックシートを確認しながら、ノエルは嬉しそうである。
「いやいや、最近は操縦する機会が少ないから、滞空時間を稼げるのは大歓迎なんだ。
ノエル君も、この機体のライセンスをそのうち取るんでしょ?」
Tokyoオフィス所属のユウは、フライトする機会が少ない。
カーメリから引き抜きの話が途絶えないのは、ウイングマークを持っているメンバーが軍事基地とは関係ないブランチに所属しているのが原因の一つなのである。プロメテウス義勇軍には細かい軍規は無いが、ウイングマークを保有し続けるには地道に滞空時間を更新し続ける必要があるのは言うまでも無い。
「そうしたい希望はあるんですが。
ところで、リッキーは大人しくしてましたか?」
「いつもの事だけど、ピートが遊び相手が出来て大喜びなんだよね。
ノエル君も、時々顔を出してくれるとピートも喜ぶよ」
「姐さんに頼まれてるスイーツもありますし、頻繁に顔を出さないといけませんね」
⁎⁎⁎⁎⁎⁎
ハワイベース到着後、ユウは滑走路から直にTokyoオフィスに戻っている。
広いリビングで3人はリラックスして時差解消に努めていたが、ここでSIDから前触れ無く音声連絡が入る。
『ノエル、ザトウクジラが出ましたよ。
プライベートビーチの沖合です』
「サンキューSID、知らせてくれてありがとう。
ティア、早速ご希望の光景を見に行くよ!」
「一緒にジャンプは出来ないって聞いたけど?」
「重力制御で抱えたまま、一緒に飛ぶのは可能だから。
運が良ければ、間近で見れるかも知れないね」
⁎⁎⁎⁎⁎⁎
海面から数十メートルの近距離で、二人はクジラの群れを観察している。
「大っきいけど、ぶよぶよしてる!
あの吹き出してるのは何?」
「あれは息継ぎしてるんじゃないかな」
「あっ、尾びれが見える!」
「潜水する前触れかな」
「うわっ、どんどん姿が見えなくなる!」
☆
場所は変わって、歓迎会の会場。
「エリーが居なくて寂しいですか?」
ノエルも常連と言って良いこの店舗は、ロコに愛されている中華寄りメニューを出す店である。
良く歓迎会に利用する高級ステーキ店では無くこの店にしたのは、ティアがチャーハンを食べたいというリクエストがあったからである。
「まぁ子供は、いつか親離れするからね」
ジョンはこの基地の最古参メンバーであるが、この拠点に留まっていたのは娘の養育のためだったのは言うまでも無いだろう。
「最近は、毎日の食事はどうしてるんですか?」
ノエルは料理が得意とは言えないが、ジョンの料理音痴は身を持って体験している。
「希望転属してきた、彼女が居るからね。
アラスカの厨房出身なんで、料理は凄腕だよ」
「もしかして、ユウさんともお知り合いですか?」
「うん。雫谷学園のカフェテリアにも居たから、イケブクロも詳しいわよ。
それにしても連れの二人の食欲は、まるでマリーが二人居るみたいだわね」
通常なら取り分け用の大皿フライド・ライスを、ティアとセーラは自分用の皿として黙々と食べ続けている。
「ティア、チャーハンの味はどう?」
「うまうま!」
「イケブクロの中華料理店とは、違うタイプでこれも美味しい!
キムチの辛味があるから、食べ飽きない」
「そういえば、こういうしっとりタイプのチャーハンは、ニホンではあまり食べられないかも」
「パラパラに仕上げるのが、ニホンでは好まれるからね。
それにここのポークチョップは、トンカツともちょっと違うし独特だよね」
「イケブクロの料理店は、色々と食べ歩きしたんですか?」
「ああ。Tokyoは外食するには最高だよね。
今でもどうしても食べたくなった時には、シン君にジャンプで運んで貰ってるんだ」
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「ザトウクジラがあんなにプライベートビーチのそばに来るなんて、想定外でしたよ」
IPAビールを傾けながら、ノエルは気分良く会話を続けている。
米帝海軍出身であるジョンとは親子ほど年が離れているが、なぜか波長が合うのである。
「ほら、ハワイベースの敷地周辺は治外法権だと地元でも知られてるから、ツアーの船は近づいて来ないんだよね」
「それでクジラだけじゃなくて、イルカもあんなにいるんですね」
「ビーチ自体は昔埋め立てで作られたものだから、すぐに水深が深くなってるからね。
賑やかなオワフの海としては、サンクチュアリになってるのかも知れないね」
「パリも好きですけど、ここも良い場所ですよね。
いつかここに住めたら良いかも」
ノエルの呟きは聞こえないほど小さなものであったが、紛れもない彼の本音だったのかも知れない。
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