006. Let's Make It Last
Tokyoオフィスからの出発が遅れた一行は、観光をキャンセルして宿に直行していた。宿泊先はフウから紹介された旅館で、和風建築では無く高級なシティ・ホテルのような外見である。
「フウさんが、紹介してくれただけあるかな」
広い駐車場でセダンから降りた3人は、人が疎らなロビーに入っていく。
駐車場は広いが団体客を受け入れていないのだろう、喧騒とは無縁な良い雰囲気である。
「立派!
欧州のリゾート・ホテルみたい」
「……」
欧州で長い間暮らしていたセーラは素直に喜んでいるが、観光の経験が乏しいティアは無言である。何とか予定時刻にチェックイン出来たので、3人は予約していた部屋でさっそく寛いでいる。
アメニティに置いてあった『最中』を何気なく食べ始めたセーラが、味を気に入ったようでロビーに追加を欲しいと自ら連絡している。どうやら近隣の和菓子屋が作っている銘菓のようで、お土産としても入手可能のようである。
「セーラ、
自分でフロントに連絡するなんて、ずいぶんと気に入ったんだね」
「うん。
ナッツがびっしりと詰め込まれてて、和風のシリアル・バーみたい。
小腹が空いた時に、丁度よいボリューム」
「うまうま。
コンビニでも、こういうお菓子は無かった!」
日々コンビニに通うだけあって、ティアはジャンクフード寄りのお菓子も大好きである。
部屋は大きなダブルベットが2つ並んだファミリー向けの間取りだが、リビングは畳敷きもされていて和洋折衷になっている。
「内風呂が気持ちよさそう!
ここなら3人一緒に、ゆっくりできるね」
外窓に接した内風呂は露天風の作りで、生け垣越しに海岸線の絶景が楽しめる。
「夕食は魚介料理がメインで、部屋に運んで貰えるって」
「魚介類?
ティアは魚は苦手じゃないの?」
「意識して食べた事がないから、良く分からない」
「それじゃ、コンビニ弁当ではどんなのが好きかな?」
「売ってるのは、ほとんど全種類食べてる。
トンカツ弁当とか、揚げ物のお弁当。うなぎ弁当とか、中華のお弁当も」
「サカナ系のメニューは、コンビニ弁当だと少ないよね」
「幕の内弁当?とかノリ弁に入ってる焼き魚は嫌いじゃない。
あとイカフライ?がのってるのとか、最近だとほぐしたサバがのってる弁当も美味しかった」
「それなら、大丈夫かな。
魚介類を食わず嫌いしてたら、どうしようかと思ってたんだ」
「???」
「フウさんが、ここの料理は外国人にも特に評判が高いから大丈夫だろうって。
仲居さんが出してくれた順序で、素直に食べるようにって」
「順番って、大事なの?」
居酒屋での食事すら未経験のセーラには、食べ合わせに関する知識が無いのであろう。
「ニホン料理の場合、いきなり味の濃いメニューを食べちゃうと駄目みたいだね。
ほら繊細な味の刺し身とかの、味が分からなくなるんだって」
「なんとなく分かるような気がする」
☆
夕食はフウから聞かされていたように、一度に大量の皿が並ばずに都度メニューが追加されるタイプの古典的なコース料理である。浴衣に着替えた3人は、座卓でリラックスしている。
「あっ、枝豆は大好き!
このビールも苦くなくて、美味しい!」
「これは、はちみつが入った地ビールみたいだよ。
仲居さんにビールの銘柄は、飲みやすいものって指定したからね」
刺し身の盛り合わせは舟盛りにされておらず、平皿に沢山の地魚が盛り付けられている。
見栄えを重視しない、質実剛健とも言える盛り付けである。
「うわぁ、新鮮なお刺身ってこういう味なんだ!
肉の脂とは違うけど、こってりしてる!」
「それはカツオの刺し身だね。
ティアはどう?」
「うまうま!
生臭くなくて、魚の種類?で歯ざわりがそれぞれ違う」
「今ティアが食べてるのは、アジだね」
「あのフライで食べるアジ?
……刺し身だとこんなに美味しいものなの?」
「鮮度が高いのと、あとは板前さんの腕だろうね。
ちょっと食べにくいかもしれないけど、この霜皮造りのキンメダイも美味しいよ」
「このまま食べて大丈夫なの?
ウロコがキラキラしてるけど」
「うん。これは皮の部分が美味しい高級魚の調理方法なんだ。
鮮度が高くないと、出来ないみたいだよ」
「もしかしてノエル、予習してきた?」
「ははは。フウさんに話を聞いてたからね」
「うわぁぁ、旨味が濃い!
この下ろしたワサビとの相性が抜群!」
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「この煮物は、お肉なの?
凄いコッテリしていて、味が濃いんだけど」
刺し身の後には、徐々に味が濃い煮物やフライものが運ばれている。
「ああ、多分地魚の深海魚じゃないかな。
SIDに見て貰えば、種類がわかるかも」
『さすがに調理済みだと、判別出来ませんよ。
ユウさんやエイミーなら、食べればすぐに分かると思いますけどね』
「ノエル、持ち込みのお酒を飲んじゃ駄目?」
「へえっ、珍しいお酒が好きなんだ。
これって、桃の風味がするヤツだよね」
「ノエル、お酒も詳しい」
「いや、これは母さんが好きだったから、覚えてるんだ。
サザンコンフォートよりも、リキュールに近い味だよね」
「セーラ、飲んでみて!」
「……飲みやすいから、酔っちゃいそう!」
⁎⁎⁎⁎⁎⁎
「シメのご飯は、無理を言って鰻重にしてもらったんだ」
「うなぎ弁当はコンビニで食べてるけど、これは別物!」
「ふっくら、ふわふわ!
タレが美味しい!」
シメのお重を複数個食べ終えて、女性2人は十分に満足したようである。
「魚料理を堪能した!
普段から偏食しないように、気をつけないといけない」
「野菜類もモリモリ食べてるから偏食とは違うと思うけど、商店街で魚が美味しい店をユウさんに教えて貰わないとね。ティアは満足した?」
ティアは大きく頷くと、続けてノエルに質問する。
「行きつけの須田食堂には、魚のメニューは無いの?」
「焼き魚が殆どだけど、煮魚は仕入れが出来たものだけだね。
人気があるから、すぐに売り切れちゃうみたいだけど」
「今度忘れずに頼んでみる!」
「そうそう。
『いつもの』以外にも、色んなメニューを頼むとおばちゃんも喜んでくれるだろうからね」
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