005.Another In The Fire
住宅街上空を飛び回るドローンはかなり大型で、ハードポイントのある翼下にはミサイルが装備されている。推進式プロペラの立てる飛行音は小さく、グレーの機体色は一見セスナと見間違えそうである。
(トルコ製の市販品?)
屋上でケラウノスを上空に向けポイントしながら、ノエルは緊迫感を感じさせない様子でリラックスしている。一般人ならば萎縮してしまうのが当たり前の状況だが、硝煙の匂いが立ち込める場所で生まれ育った彼にとってはごく当たり前の日常なのである。必要ならば短距離ジャンプも駆使して、処理漏れした機体やミサイルを迎撃する準備も万端である。
「すごい!
『Whac A Mole Dog』みたい!」
シリウスの強固なシールドに阻まれた機体が、コントロールを失ってTokyoオフィスの敷地に墜落していく。推進力を失った機体はシンによってアビオニクスを的確に破壊されているので、墜落した機体は自爆や炎上をしていない。たぶん搭載燃料が少ないのも、一因なのであろう。
自爆攻撃の効果が薄いと判断したのか、今度は上空のドローンから空対地ミサイルが連続して発射される。シンが処理出来なかったミサイルはノエルが連射するケラウノスで破壊しているが、誘爆しなかったミサイルや機体の残骸が敷地内にバラバラと落ちてくる。
圧縮空気弾やケラウノスは発射音がしないので、Tokyoオフィス周辺は飽和攻撃を受けているとは思えないほど静かである。
「セーラ、そんなに前に出ちゃ駄目!」
彼女は屋上で器用に飛び散る残骸を避けているが、ノエルの警告にもかかわらず死角から飛んできた破片に気が付かない。ここでティアがセーラの前にするっと歩み出ると、残像すら見えないパンチで破片を撃ち落とす。
ゴンッ!!
鈍い音とともに屋上で跳ねたミサイルのシーカー部分が、地面に落下していく。
「……ティア、ありがとう!!」
ここでセーラが、自分の前に出て破片を処理したティアに気がつく。
「弟の嫁を護るのは、当たり前」
素手にもかかわらず、パンチを放ったティアの右手にはかすり傷すら無い。
近隣の数名の住民がようやく騒ぎに気がついたようだが、ドローンの墜落はタイミングが外れて目にしていなかったようだ。Tokyoオフィスの広大な敷地は高い防護壁に遮られて見る事が出来ないが、まるで戦場のような残骸の山を目にしたら大騒ぎになるのが必至である。
「SID、まだ後続は来そうかな?」
『20機ほどで、攻撃は終了したようです。
上空からの管制電波もシャットダウンされています』
幸い平日の昼間なので、住宅街には騒ぎ立てる野次馬は集まってこない。
居住している住民の殆どが無関心なのは、こんな平穏な住宅地でテロのような事態が起こるなど想像も出来ないからであろう。
このタイミングで、大使館の入り口に仰々しい3.5トンダンプが横付けされる。
カーキ色に塗装されているので陸防の車両なのだろうか、運転席から出てきたのは今日一日姿が見えなかったユウである。
「早かったな」
入り口横の作業用ゲートを開閉しながら、フウはゲートの隙間から覗かれないように周囲を警戒している。
トラックが敷地に入るとゲートを締めるが、やはり野次馬は全く集まっていない。
サイレンも聞こえず警察車両も来る気配が無いので、近隣住民からの通報は無かったのかも知れない。
「ええっと、アサカ駐屯地から借りてきましたけどトラックだけで良かったんですか?
ブルトーザーとか作業要員も、必要な気がしますけど」
Tokyoオフィスの敷地の中には、墜落した機体やミサイルの残骸が山のようになっている。
これを身内だけで片付けるのは、どう見ても非効率であろう。
「いや、今日はシンが居るからな。
積み込みを頼めるか?」
「ええっと、警察が現場検証したがると思いますけど。
現場を保存しなくて、良いんですか?」
「ここは大使館敷地で治外法権だからな。
報道ヘリが飛んでくるまえに、残骸を片付ければニュースにも成らないだろ」
「でもその後の処理は、どうするんですか?
さすがに産廃と、一緒には出来ないと思いますけど」
「知り合いを通じて自衛省の装備部門に引き取りを頼んであるから、あとはイチガヤまで運べば残務処理はやって貰えるだろ。ユウにダンプを借りてきて貰ったのは、その為だからな」
「はぁ、まぁフウさんがそう言うなら、チャチャッと片付けましょうかね」
15トンの航空機すら制御可能なシンのアノーマリーは、ブルトーザーを使うのと同等で騒音も殆ど無い。
まるでユニックで持ち上げるような滑らかな動きで、残骸はトラックの荷台にどんどん片付けられていく。もちろん起爆の可能性が残るハードポイントのミサイルは、パピ直伝の技術で作業中に無効化している。
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「ノエル君、もう出発して構わないよ。
後始末もほぼ終わってるからね」
ダンプの荷台にブルーシートを掛けながら、シンは屋上で引き続き警戒していた3人に声を掛ける。
「今度こそは、いってらっしゃいだな。
まぁトラブルは続けて起こるとも言うから、気をつけてな」
「はい。
それじゃ失礼します」
車に乗り込んだ3人はパトカーとすれ違う事も無く、平日で空いている道をスイスイと進んでいく。
まるで数分前の戦場のような光景とは、到底思えない平穏な日常である。
「シリウスの凄さを、改めて思い知らされた」
助手席のセーラは、『モグラ叩き』と称していた先ほどの光景を思い出していた。
「シンさんとコンビで働けると、シリウスもご機嫌だからね」
「ノエルも鼻歌混じりだった」
「そんなに余裕は無かったけど、ああいう雰囲気は慣れてるからね」
「……」
後席のティアは、二人の会話も聞こえていないのか静かに寝息を立てている。
「でもあのドローンは脅威だね。
さすがに一般道で仕掛けては来ないだろうけど、注意は怠らないようにしないと」
「ティアはやっぱり大物。
余裕で熟睡している」
「ああ、彼女は夜型みたいだから、通常ならまだ寝てる時間帯なんだよ。
空腹になったら、目が覚めるんじゃないかな?」
「……ノエル、お腹空いた!」
「ほらね!」
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