003.Becoming
雫谷学園校内。
セーラが選択した授業の合間に、ノエルとティアはカフェテリアで時間を潰していた。
人見知りで口数が極端に少ないティアであるが、実弟のノエルには気を許しているのか実に饒舌である。
「ノエル、どこか観光に連れてって!」
「特に行ってみたい場所とかは、あるの?」
「ガイドブックに載ってるような場所なら、どこでも。
世界中の美術館には行ったけど、観光には行ったことが無いから」
「なるほど。
それじゃ手始めに、これから近場に行ってみようか?」
授業を終えたセーラと合流した3人は、一旦地階のエレベータホールまで戻っている。
「それで今度は、このエレベーターに乗りかえるんだ」
ノエルが受付?で学園のIDカードを提示すると、待機していた係員が一行を空いているエレベーターに案内してくれる。
「???」
「さぁ最上階に到着!
カントー平野が一望できる、一番近い観光施設だよ」
周囲を広い窓に囲まれた展望フロアは、平日の早い時間帯なので人影も疎らである。
「……うわぁ」
「どう?ティアは見たことが無い景色でしょ」
「あんなに建物が一杯!」
「ん、セーラどうしたの?」
「私も展望台には初めて来た!」
「そうだっけ。
でもセーラは、世界中の観光地に行った経験があるよね?」
「うん。でもこんな高さからの景色は初めてかも」
⁎⁎⁎⁎⁎⁎
「ん、なんか変なのが飛んでるな?」
ここで周囲の景色を眺めていたノエルが、人並み外れた観察眼で何かに気がついたようである。
「……私には見えない。
何か変わったもの?」
「SID、あの西口公園のそばを、ヒラヒラ飛んでる飛翔体が見えるかな?」
『……認識しました。
ドローンですけど、民生タイプでは無いですね』
「ラジコン飛行機より、かなり大きいよね。
ちょっかいを掛けてきてる、EOPの関係じゃないと良いけど」
『ニホンではあのタイプのUAVドローンは入手出来ない筈ですから、何とも。
それに都内では、基本的にドローンは飛行禁止ですから』
「公安に通報した方が良いかな?」
『すでに通報済みです。
ただし現状だと、対処する手段が無いかも知れません』
「どういう事?
陸防には専門部隊があるんじゃないの?」
『レーダーの有効反射面積が小さすぎて、防衛隊の基地のレーダーでは認識出来ないと思われます。
自衛省技術研究本部の特殊レーダーは別ですが』
「うわぁ。
シンさんがイタリアで遭遇したような事態に、ならなきゃ良いんだけど」
『あの時は米帝の大型軍事ドローンが相手だったんで何とかなりましたけど、小さいサイズのドローンでスウォーム攻撃をされたら対処が難しいですよね』
☆
夜半、Tokyoオフィスとの音声通話。
「SIDが通報した例の飛翔体だが、どうやらどの関係機関も探知できなかった様だな」
「こちらの通報の真偽が、問題になってるんですか?」
自宅リビングでフウと会話しながら、ノエルはビールで喉を潤している。
相変わらず黒いラベルの英国製のビールだが、特に銘柄に拘りは無くIPA製法の濃い味が好みなのであろう。
「いや、肉眼で発見した民間人から、警察に問い合わせが複数件入ってるらしいからそれは無いだろう。
もっとも今更ながら、どの部門のレーダーも全く探知できていないのが問題なんだろうな」
「単機で、偵察飛行していたという事なんですかね?」
ツマミに食べているシンから分けてもらった自家製ジャーキーは単純な味付けだが、雑味が無く実に後味が良い。齧り続けるといつの間にか大量に食べてしまうので、危険な逸品なのである。
「ああ、どの程度まで探知されるか、様子見をしていたのかも知れないな。
SID、もし国内で『自爆攻撃のターゲット』を選ぶとしたら、何になるか推察できるかな?」
『米帝なら過去に騒動が起きたホワイトハウス周辺なのでしょうが、ニホンの場合は議事堂を破壊してもインパクトが小さいですからね。それよりも陸防の戦車相手にドンパチやった方が絵になるような気がします』
「このタイミングだと、フジ総合火力演習とかかな」
「テレビニュースにもなる、実弾をバンバン撃つあの花火大会みたいな奴ですね。
そうすると我々にトバッチリが来る可能性は無いですから、一安心ですよね」
「まぁ我々が演習に参加する可能性は、皆無だからな」
『中東ならば紛争地域に介入するとかも考えられますが、ニホンだとテロも滅多に起きませんからね』
「この間の要人警護みたいに、関与が避けられない事態は嫌だなぁ」
「まぁ話が来る時はキャスパー経由だからな。
入国管理局の業務は万屋に近いから、大丈夫だと言い切れないのが恐ろしい点だな」
「セーラから『基地司令』には、OBとしての参加を見合わせるようにお願いした方が良さそうですね。我々が関与する可能性は、それ位かな」
「ああ。
この間の経験から無理な参加は見合わせてくれると思うが、それ以外の可能性も考慮しておかないと」
「Tokyoオフィスが個別に襲撃されるとなると、場当たり的に対処するしかありませんね。
都心の住宅地にあるのが、こういう場合には本当に厄介だな」
ノエルは急にホップの苦味を強く感じたようで、思わず顔を顰めてしまったのであった。
お読みいただきありがとうございます。