001.Weak
学園のカフェテリア。
定番メニューの導入に関与した二人は、今日も客席で相談?を受けている。
ノエルの目の前にはカツ煮を載せたライスが、セーラの前には自分で盛り付けたカツカレーがしっかりと置かれている。
「カツ煮も結局、レギュラーメニューにしたんですね」
「うん。ランチタイムは人手が足りないからカツ煮を保温バットに入れてセルフサービスにしてるけど、それ以外の時間帯はオーダーを受けてから作る事にしたんだ」
「カレーのトッピングもカツ以外に自分の好きな揚げ物を選べるし、良いアイデアだと思う」
「日替わりランチを食べてる人と、同じ位カレーとカツ煮が出てるみたいですね」
「やっぱり定番メニューを欲しがる人が、予想より多いみたいなんだ。
セーラちゃんの指摘は正しかったね」
「えっへん。
あとはレギュラーメニューで、麺類!」
「実は今、冷凍麺も色々と試してる最中なんだ。
さすがに製麺機を使うには、人手が足りなくてさ」
「でもカツ煮を出せてるという事は、『かえし』を仕込んでるんですよね?」
「うん、もちろん。
仕込みはユウにだいぶ前に教わったから、ワフウの麺つゆは用意できると思うよ」
「外に食べに行く人が、ますます減りますよね」
「いや、定食メニューは須田食堂とバッティングしないように、考えてるよ。
でも麺類は、手早く食べられるから強い要望があるみたいなんだよね」
「セルカークでも、研究者の人から根強いリクエストがあったみたいですしね」
ここでノエルは、客席に見知った顔を見つける。
カツ煮を複数盛り付けた大盛りご飯を食べている女性は、滅多に登校しないが学園には籍を置いているらしい。
「あれっ、ティアが顔を出してるなんて珍しいね」
「おひさ。
此処に来れば、ノエルに会えると思って」
「僕に会いに?
ところで新メニューの味はどう?」
「美味しいけど、カツ煮は長崎庵に比べてつゆがイマイチかも」
「そりゃ、老舗と比べると『かえし』が若いからだよ。
あいかわらずティアは、味覚が鋭いよね」
「ねぇ、これからノエルのお家に行って良い?」
「うん、大丈夫だよ。
そういえばティアは猫が苦手という事はないよね?」
「私は半分はバステトだから猫は同胞。
大きな猫を飼ってるって聞いてるから、会ってみたい!」
☆
ノエルの自宅。
来客の前に滅多に姿を見せないリッキーが、ティアの足元にじゃれついている。
ティアは気安く手を伸ばしたりしないが、リッキーが自ら彼女の足元に躰をこすりつけて親愛の感情を示しているようだ。
「会ったばかりなのに、もうリッキーが懐いている。
私でも数ヶ月時間が掛かったのに、なんだかズルい」
「そりゃ、バステトの血のせいじゃないかな」
「ねぇノエル、ここに引っ越して来たら迷惑かな?」
「う〜ん、問題無いんじゃない。
キャスパーさんと、喧嘩でもしたの?」
「ううん。それは無いんだけど、最近造形に行き詰まりを感じて。
自分の中の才能が、枯渇しているような感じがするんだ」
「なるほど、環境を変えたいのかぁ。
セーラは彼女と一緒に住むのは反対なの?」
「二人は姉弟だから、反対はしない。
でもヤキモチは焼くかも」
⁎⁎⁎⁎⁎⁎
キャスパーの了解をとったノエルは、ティアに同行して日常品の買い出しに徒歩で来ていた。
行く先はもちろん、何でも揃うイケブクロの超大型店である。
(人通りが多いからか、視線を感じるんだよな。
やっぱりティアは目立つのかなぁ)
「こんな大きな店に来たのは初めて!
建物すべてが日常品なんて凄い」
「普段の買い物はどうしてたの?」
「Congohのサイトで衣類は注文できるし、あとはコンビニに行けば問題無かった」
「衣類とかはキャスパーさんが送ってくれるらしいから、足りない寝具とか日常品を買わないとね」
「それにしても、どのフロアを見ても新鮮!
見たことが無いものが、沢山ある!」
「この品揃えは、通販じゃわからない醍醐味かも知れないね」
(ん……やっぱり視線を感じる)
人の敵意には敏感なノエルだが、さすがに不特定多数の中から人物を特定するのは難しい。
(もしかしてストーカーの類なのかな)
☆
翌日。
場所は変わって、Tokyoオフィス、トレーニングルーム。
「へえっ、ティアはユウさんと仲良しだったんだ」
親しげな様子で歓談する二人を、ノエルは意外そうな表情で見ている。
「ほら、彼女は猫好きのする顔だから。
でもあんまり仲良くすると、キャスパーに怒られるけど」
「あのさぁ、良く言われる『猫好きする顔』っていうのが良くわからないんだけど」
ユウは苦笑しながらも、数年前から言われ続けている台詞に苦情を申し立てる。
「だからユウみたいな顔。
リッキーもそう言ってるし」
「???」
「僕たちには理解できませんけど、そういう事なんでしょうね。
ほら男好きする美人さんとかと、同じような意味なんでしょうね」
「むぅっ……それでティアは何で付いてきたの?
今日はセーラのトレーニングの日なんだけど」
「邪魔?それなら帰るけど」
「いや、そうじゃなくて。
参加したいなら歓迎するけど」
「する!何事も経験だし」
「それじゃ二人には保護グローブを付けて貰って、サンドバックで打撃技の練習ね」
ここでユウが見本を見せるように、サンドバックを打撃する。
予備動作なしに繰り出すパンチは、まるで古武術のように動きが滑らかなのに打撃する度にサンドバックが鈍い音を立てる。
「私の打撃技は、母さん直伝だからちょっと変わってるかも。
セーラ、やってみてくれる?」
「了解!」
セーラは半身に構える独自のフォームで、サンドバックに拳を打ち込む。
十分に体重が乗った一撃は、サンドバックを大きく揺らしている。
「うわっセーラ、短期間ですごいパンチを打てるようになったんだね」
「槍投げのトレーニングで、瞬間的に力を発揮させるコツを体得したから」
「それじゃティア……あっ力を入れ過ぎないで!」
『ドゥオン!!』
続けて放ったティアのパンチは、一撃で吊るしている鎖を引きちぎりサンドバックが大きく転がっていく。
「うわぁ、凄い!
バステトは力持ち!」
「そんなに力を入れてないよ」
困惑した表情のティアを見ながら、ユウ自身も頭を抱えていたのであった。
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