050.All My Hope
翌日のフードコート。
両腕に試作品?を抱えたベックは、多数の皿を並べて食事中のセーラに声を掛ける。
フードコート内はいつも通り閑散としているが、これは居室で食事を摂る研究者が多い為である。
「うわぁ。
大食漢だとは聞いてたけど、すごい色々と食べてるんだね」
ニホン滞在が長かったベックは、和食に関してもニホン人と変わらない知識を持っている。舟盛りこそないが大皿には各種の刺し身が並んでいるし、見事な茹で蟹やロブスターも実に豪勢な印象を受ける。
「ここは魚介類が何でも旨い!
お刺身とか、カニとか絶品!」
アラスカベース内で自家栽培されているワサビは、ニホン食愛好者には欠かせないスパイスである。
ユウに教わった作法通りに刺し身にちょこんとおろしワサビを載せて、セーラは美味しそうに頬張っている。
「そういう感想は、厨房のメンバーに聞かせると喜ぶよ。
ほら普段はお握りとか、丼物とかの、研究者が手軽で食べやすいメニューばかり作ってるからさ」
「シンさんとかユウさんが、メニューにアドバイスしていると聞いてるのに?」
「食べやすいメニューだけが急速に広まったのは、ユウさんとしても予想外だったんじゃないかな。
刺し身の技術とか時間を掛けて教えたのに、海鮮丼以外はあんまり注文が無いみたいだし」
「ふ〜ん。
それで両腕で抱えてるのは、試作品?」
「アイデアスケッチからいろんな形を思いついてさ。
なんか色々と作ってみたんだ」
「腹ごなしに、投擲するのは丁度良い感じ。
一服したら、付き合って」
「司令官に許可は取ってあるから、近場でも試射して大丈夫だよ」
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地上に出た二人は、滑走路の終端に来ていた。
「あれは何?
なんか壁みたいに、積み重なっているけど」
「あれは滑走路の除雪で出来た、積み重なった氷塊だね。
できればターゲット代わりに使って、跡形も無く壊して欲しいみたい」
本当に跡形も無く消去できるのはマリーだけであるが、さすがに除雪作業に『イレース』を使ってくれとは誰も言い出せないであろう。
「それは威力を高く見積もりすぎだと思う。
この槍はずいぶんと小さい?」
「普段はコンパクトなんだけど、折りたたみ傘みたいに伸縮出来るんだ。
ただし一旦伸ばしちゃうと、再度縮める事は出来ないけどね」
特殊警棒を伸ばすように、ベックの一振りで小型の槍が出来上がった。
「投擲する以外は伸ばさないから、それで問題無い。
持ち歩きが便利で、素晴らしい!」
セーラは少しの助走で、伸ばした槍を投擲する。
腕の振りをフルに生かした投げ方は、先日の十種競技のコーチから伝授されたものである。
『グォォォン!』
槍は氷塊の中央に命中し、轟音を立てて分厚い壁のほとんどが崩れ落ちる。
「炸薬が入ってないのに、なんで爆発してるの?
雪原で投擲したら、地面に大穴が空きそうな威力だよね」
「良く分からないけど、空間になっている場所になにか力が充填されてる感じ?」
「いままで沢山のアノーマリー使いに会ってきたけど、セーラは一番のパワーファイターかも知れないね」
ここで轟音と微細ながら揺れを感じた基地司令が、二人のもとにやって来た。
許可は出したが、想定外の威力だったのであろう。
「おいおい、聞いてた話と違うぞ。
基地の震度計が大きく動いて、久々の地震かと思ったよ」
アラスカベースは安定した地盤の上に作られているので、地震で揺れる事は滅多に無い。
基本的に天変地異に無関心な研究者が多いので、騒いでいるのは基地司令一人だけなのであろう。
「司令、お望み通りに綺麗にしましたが何か?」
とぼけた表情のセーラに、基地司令は文句を重ねる事が出来ないようだ。
「ん……まぁ良いか。
セーラ良くやったな、ご苦労さん」
ベックは二人の前から顔をそむけて、吹き出してしまいそうな表情を懸命に取り繕っていたのであった。
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翌日。
「セーラ、お待たせ!」
持参した様々な荷物を配り終えたシンが、ようやくフードコートに顔を出す。
定期配送便でも入手出来ない品を配達してくれるシンは、研究者にとって実に重宝されているのである。
「ねぇシン、私ってパワーファイターなんだって」
様々な稲荷ずしが並んだ大皿を、セーラはレビューを書きながら食べ進めている。
ニホン食に精通した人材が多いアラスカベースであるが、評価者がいつも同じでは内容が偏ってしまうのでヴィジターの彼女にお鉢が回ってきたのであろう。たとえばセーラが食べ慣れた稲荷ずしの見掛けであっても、まるで欧州や米帝で食べるようなトンデモ食材や変わった味付けのものが多いのである。
「ふ〜ん、ノエルと喧嘩する時には手を出さないようにね。
うわぁ、これは斬新すぎるんじゃないかな」
シンが手を伸ばしたのは、ナシゴレンが入った稲荷ずしである。
ナンプラーの味付けと油揚げの甘辛さが混ざり合って、不思議な味になっている。
「でもノエルに手を出そうとしてる奴には、容赦出来ないけど。
このサーモンを混ぜ込んだチラシ寿司風は、とってもイケるよ」
「このプチプチした食感はとんぶり?じゃなくて、キャビアなんだね。
やっぱり味付けが和風とかけ離れてるのは、合わないのかな」
「このカレー風味なのも、不味くは無いけど違和感を感じる」
シンはセーラを迎えに来たのを忘れて、しばし変わった味の試食に嵩じていたのであった。
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