049.Yesterday, Today, Forever
十種競技のコーチによるレクチャーを終えた二人は、食堂に立ち寄っていた。
二人はいつものカジュアルな服装なので、大学生の中に入っても全く違和感は無い。
「此処って学生以外も使えるの?」
券売機を前にして、セーラはウキウキとした表情をしている。
彼女は過去にがっかりする経験があったとしても、未知の飲食店に対する強い好奇心を失っていないのである。
「もちろん。
今日は平日だから、僕たちみたいな外来者は少ないみたいだけど」
「ボリュームメニューが沢山!
須田食堂に無いメニューがいっぱいあるから、目移りする!」
珍しく自分で食券を買うと言い出したセーラは、続けざまにボタンを押している。
店頭の料理見本をしっかりと見ていたのか、ボタンを押す指には少しの迷いも無い。
「メガ盛りメニューを2つも頼んで大丈夫?」
定食とご飯大盛りだけを選んでいるノエルは、しっかりと客席を観察した後にボタンを押している。
地雷を避けるためのお約束は、長年外食をつづけた結果身についた生活の知恵なのであろう。
もちろんセーラが注文しないであろう、サラダや小鉢の食券を追加するのも忘れてはいない。
「余裕!運動してお腹がペコペコ」
食券と引き換えに受け取った2つのボリュームメニューを見て、厨房のおばちゃんが怪訝な表情をしている。昨今の体育大学では学生の自己管理が徹底されていて、大食いするがお客が少ないのである。
自分でトレイを運んで着席すると、唐揚げが山盛りになった丼と花びら型の変わった食器にてんこ盛りになったカツカレーを彼女は交互に食べ始める。
「味はどう?」
「唐揚げは揚げたてだから美味しい。カレーとご飯はフツー」
イマイチと言われる覚悟をしていたノエルは、安堵した表情で彼女のトレイに自分が注文したミニサラダを追加する。彼女はニホンで食事する際には生野菜のサラダも好んで食べるので、基本的には好き嫌いは無いのである。
「ここの学生は恵まれてる?
学食はすごく不味くて当たり前だと思っていた!」
セーラは、サラダ以外にもノエルの定食に付いていた小鉢に勝手に箸を付けている。
外国人には大不評なヒジキの煮物であるが、なぜかセーラはその強い磯の風味を気に入っているのである。
「セーラが居た寄宿舎みたいな所でも、食事が不味い所は滅多にないんじゃない?
毎日の食事が酷いと、皆耐えきれずに逃げちゃうからね」
「その気持は、私には良く分かる!」
欧州の片隅で栄養失調になった経験者は、『Cri de Coeur』を思わず口にしたのであった。
☆
翌日Tokyoオフィス。
「セーラ、このスケッチは自分で書いたのか?」
「はい。分かりにくいですか?」
「いや、逆だな。
お前がこんなに絵心があるとは、知らなかった」
フウが見ているのは、セーラが要望している投擲に特化した槍のスケッチである。描かれた人物が投擲する様子まで描かれているが、まるで写真をトレースしたように細部まで描かれている。
描写は写実的で筋肉の盛り上がりまでしっかりと再現されているので、まるで美大の学生が時間を掛けて描いたように見える。
「これを社内で作って貰うのは、難しそうですか?」
「いや、合金自体もありふれた金属しか使っていないし、問題無いだろ。
ただし微調整は自分で出来るとしても、資材置場があるアラスカに直接行く必要はあるな」
「……アラスカですか?
シンさんに送迎して貰うのは、無理でしょうか?」
「忙しいから、可愛い妹のセーラの頼みでもすぐに迎えに来てくれるかどうかは微妙だな。
まぁ数日逗留する覚悟なら、大丈夫だと思うが」
⁎⁎⁎⁎⁎⁎
数日後アラスカベースの地階。
セーラを出迎えたのは、顔見知りであるベックである。
現在はベルの直弟子という扱いである彼女は、武器や特殊装備を担当するようになっている。
「貴方が担当なの?帰りたくなった!」
セーラは文句を付けながらも、シンから言付かって来た紙袋を手渡す。
超多忙なシンは地上出入り口の扉の前でセーラを下ろし、ジャンプでとんぼ返りしていたのである。
「ははは、そう邪険に扱わないでよ。
今はもうノエルの連れ合いだと知ってるから、嫌がる事はしないって」
「……図面は引けないから、これがアイデアスケッチ」
近場の談話スペースに腰掛けた二人は、雑談もそこそこに本題に入っている。
「うわっ、絵が上手だね!
もしかして描くのが趣味なの?」
「フウさんにも言われたけど、教科書の隅に落書きしてた位で習った事は無い」
「パイプみたいな中空構造だけど、密度が先端と下の方は違うのはどういう理由なの?」
「トップヘビーの方が、ジャベリンみたいに遠くに投擲できる。
矢羽根もジャベリンから頂戴したアイデア」
「フウさんなら素材から整形できそうだけど、自分じゃ無理かな。
CNCにプログラムして量産できた方が、今後の事を考えると良いかも知れないね」
「試作品が出来たら、実際に投擲してみたい」
「ああ。まだこの時期は雪原が広がってるから、試射?する場所は困らないよ。
試作に一日は掛かるから、温泉でのんびりしていてくれるかな?」
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