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048.Rise Up

 Tokyoオフィスリビング。


 大テーブルに腰掛けたマリーの目の前には、白い紙袋が多数並んでいる。

 強烈に漂うチョコレートの香りが無ければ、中身がスイーツなのも判別出来ないかも知れない。

 自室に持ち帰っていないのは、やはりこの強烈な匂いが部屋に染み付くのを敬遠したのであろう。


「マリー、ずいぶんと代わった包装のブラウニーだね」


ノエル(舎弟)が現地で購入して、わざわざお土産として持ってきてくれた。

 最近メニューに加わったらしい」


「ああ、あのチキンサンドの有名店のデザートだったんだ。

 ロゴを良く見ないと、分からなかったよ」

 過去にジャンプでほぼ全メニューを調達したユウは、サイドメニューにブラウニーが無かったのをしっかりと覚えていたのである。


「チョコレート・ファッジだから、歯ざわりがねっとりしていて濃厚!

 ニホンで売ってるブラウニーでは、あり得ない味」

 食べるスピードがマリーにしてはゆっくりなのは、やはり味が超濃厚だからであろう。

 手許に置いている飲み物が牛乳なのも、スイーツを食べるにしては珍しい組み合わせである。


「母さんも言ってたけど、米帝の古典的なレシピでは甘さ控えめはあり得ないからね。

 伝統に拘っているチェーンだから、やっぱりそういう味になるのかな」



                 ☆


 神奈川県某所。


 緑に囲まれた巨大な敷地は、陸上トラック等の競技施設が並んでいる。

 ここは日本有数である、総合体育系大学のキャンパスである。


「力技だけじゃなくて、いろんな技術も磨かないとね」

 ヴィジター用の更衣室で着替えた二人は、待ち合わせ場所である陸上トラックに立っていた。


「体育大学で何を???」

 セーラはいつものようにこくりと首を傾けて、疑問符を浮かべた表情をしている。


「十種競技の有名コーチに指導を受けられるのはラッキーだから、今日はアスリートになったつもりで」


「……このユニフォーム、ちょっと恥ずかしい」

 セパレートタイプのユニフォームは、SIDが注文してくれたものである。

 一般的な陸上競技用とだけ指定したので、腹筋がまる見えなビキニタイプは昨今は当たり前なのであろう。


「いや、すごく似合っているよ。

 オリンピック級のアスリートと、見間違えそうな格好良さだね」


 

 ここで部外者に気がついたのか、ストップウォッチを首から提げた若い男性が中距離トラックから近づいてくる。セパレートタイプのユニフォームの中で一人だけジャージ姿なので、ノエルと待ち合わせしている専任コーチなのであろう。


「守秘義務の契約書には、サインしていただけたんですよね?」

 初対面?のコーチと握手しながら、ノエルは念押しをしている。


「ああ。破格のギャラだから文句は言えないが、随分と大袈裟なんだな」

 ノエルを単なる付き人と思っているのか、初対面にも関わらず口調はかなりぞんざいである。

 実際には人づてでコーチングを依頼した本人なのであるが、性別を含めて武官という肩書とノエル本人の印象が掛け離れているのが原因かも知れない。


「理由はすぐに分かりますよ。

 まずは手始めに、槍投げからご教授願えますか?」


「おいおい、そんな簡単に言わないで欲しいな。

 彼女が体脂肪率が低いアスリート体型をしてるのは一目でわかるが、基礎体力や筋力を知らないで技術を教えられる訳が無いだろう?」


「それじゃトラックで中距離走でも、やって見せましょうか?」

 選手達が準備している中距離トラックを見ながら、ノエルが提案する。

 もちろんセーラには、過去に陸上競技での経験は全く無い。


「トラック競技は、テレビで見て知ってる」

 ノエルの目配せにセーラは気負いが感じられない口調で応じるが、コーチの表情が更に険しくなっている。


「……それじゃトラックを一緒に走って貰うが、邪魔だと思ったら直ぐに止めるからな」


 ⁎⁎⁎⁎⁎⁎


 セーラは力感が感じられないフォームで走り始めたが、どんどんスピードが上がっていく。先頭の選手に肉薄している頃には全身に力感が感じられるフォームに変貌し、走りが更にスムースになっている。


「あのフォーム……陸上競技未経験者というのは冗談だろ?」


「ドレッドミルなら頻繁に走ってますけど、フォームは前の選手の真似をして変わっているみたいですね」


 先頭の選手に追いついたセーラは、彼女を追い抜かずに追走する形で周回を重ねていく。


「よぉうし、ラスト一周だ!意地を見せろよ」


 コーチがトラックに向けて大声で指示を出しているが、もちろんセーラにも聞こえているだろう。彼女が追い抜かずに追走していたのは、この競技における周回回数を把握していなかったからである。


 無印ユニフォームの見知らぬ選手?が凄いスピードでスパートした様子は、グラウンド内で注目の的になっている。先行していた選手を大きく引き離してゴールしたセーラは、倒れ込んだりせずにあくまでも余裕の表情である。


「ニホン記録を軽く更新してるぞ……彼女はどこの国のアスリートだ?最新技術を使ったドーピングでもやってるんじゃないか?」


「つまり契約書が必要なのは、こういう事なんですよ。身体能力まかせで走っても、この結果になりますからね」


「……」


「私は本当の素人。初めてだから、少し手抜きしたのが悪かった?」

 二人の会話を聞きながら、セーラがポツリと小さな声で呟く。


「……て、手抜きぃ???」


「プロメテウス出身選手は、競技会には出てこないという原則を聞いた事がありませんか?

 近代オリンピックではDoping(ズル)の疑いが毎度持ち上がるんで、現在では誰も人前でパフォーマンスをしたがらないんです」


「それじゃ何故、多額のギャラまで払って此処に来たんだ?

 訳が分からないよ」


「此処にお邪魔したのは競技技術を磨くためじゃなくて、生き残るために実務的な技を習得する為なんです。たとえば槍術道場では、投擲技術を教えてくれる指導者など居ませんから」


「はぁ……まぁギャラを貰った上に教えを請われてるんだから、悪い気はしないが。

 それじゃぁ、投擲の基本から教えて行こうか」


 『Neglect(なげやり?)』だったコーチの態度が、180度変わったのは当然かも知れない。

お読みいただきありがとうございます。

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