047.Hands Of The Healer
シンに送迎して貰ったセーラは、アリゾナベースに隣接しているリサの牧場を訪ねていた。
ノエルは送迎の代わりにシンから請け負った別の業務があるのか、まだ彼女と合流していない。
「セーラちゃんは、乗馬経験があるの?」
実娘のタルサに対する態度と違って、セーラに接しているリサは実に優しい。
馬房に入るなりボディ・ブラシを彼女に手渡すと、特に指示を出さずにセーラの様子をじっと見ている。
「はい。休暇は欧州の牧場で過ごしてました」
時間を掛けて乗馬予定と教えられた馬に近づいた彼女は、静かに声がけをしながら顔合わせをしている。
いきなり馬体に触れたりしないのは、この馬の性格や癖を知らないからであろう。
ここでセーラは渡されたブラシを使って、滑らかな毛並みに沿ってブラッシングを始める。
ブラッシングに入れる力加減は、最初は優しく反応を見ながら、徐々に力入れていく。
牧場で過ごした時間が長いというのは本当のようで、ブラッシングをされている馬は警戒を少しも見せずにおとなしくしている。
「なるほど、それでこんなに馬の扱いに慣れてるんだ」
一方的では無く馬の反応を観察しているセーラの様子を見て、リサは関心しきりである。
いざという時に馬を宥めるために至近距離に居たのであるが、その必要は全く無いようである。
「この子はとても賢そうです。
ブラッシングして欲しい部位に、私を誘導してるみたい」
牝馬は口をモゴモゴさせながら、実に気持ちよさそうである。
「タルサの長年の愛馬だからね。
背格好が似ているセーラちゃんを、すぐに気に入ったみたいだよ」
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「あの岩塊は何?
こんな荒地にあるのが不思議!」
合流したノエルが基地の連絡車であるハンヴィーを運転し、二人は演習地の外れの荒野に来ていた。
ここは演習地内では出来ないヴィルトスの鍛錬に、良く使われる場所である。
「あれはね、シンさんが岩地からターゲットに使うために運んだらしいよ」
「何トン、いや何十トンあるの?
重力制御って、そんな重いものも動かせるの?」
「戦闘機を軟着陸させた実績もあるからね。
ジャンボジェットくらいなら、軟着陸出来るみたいだよ」
「すごい!
マリー姐さんと二人は、やっぱり戦略級」
「セーラの今回の練習用の的は、あれね」
「……せっかく馬と戯れて楽しかったのに、殺伐とした訓練は気が進まない」
騎乗するまでも無くブラッシングとお世話だけで終わってしまったのだが、馬と身近で触れ合って顔を覚えて貰っただけでセーラは満足しているようだ。
「Tokyoオフィスの地下にある訓練装置じゃ、本気を出せないでしょ?
力加減を知るためにも、ハードな練習も必要だよ」
地下射場に設置してある装置は、セーラのおかげでボロボロである。
頑丈な鋼鉄で作られた装置がこんなに短時間で傷んでしまったのは、セルカークの設計者にとっても予想外であろう。
「あれを破壊出来たら、訓練終了?」
「もちろん。一撃では無理だと思うけ……」
如意棒よろしく槍を颯爽と振りかざしたセーラは、数十メートルの距離がまるで無いように槍を岩塊に突き立てる。その瞬間、岩の斬線が見えていたのか?巨大な岩塊に無数の罅が入っていく。岩塊が轟音とともにボロボロと崩れ始めたのを見て、ノエルは呆気に取られている。
「これでどう?
うぅん、お腹が空いた!」
「……あ、あぁ。
(こんなに威力があるとは、ビックリだよ。
これはフウさんに見つかると、戦略兵器指定されちゃうかも)」
☆
セーラが空腹を訴えたので、ノエルはリサから聞いていたチキン・サンドの有名店へジャンプしていた。
リサがおもてなしの手料理を苦手とする訳では無いが、要員が枯渇しているアリゾナ支部では厨房に立つ時間が取れないほど超多忙なのである。ネットで事前予約して貰ったのでノエルはカウンターで受け取るだけであるが、満杯のショッピングバックが複数になる大量注文である。
「ジャンプは、こういった場合にホント便利だよね」
ノエルから受け取った紙袋の中身を、リサはテーブルにどんどん並べていく。
彼女はフェニックスに支店が多いこの店の常連であり、全てのメニューに精通しているようだ。
「シンさんも言ってましたけど、一番感謝されるのはケータリングだっていうのはどうなんでしょうかね」
「姐さんも言ってたけど、出来たての食事は至高!」
「このチキンは、かなりしっかりと味が付いているんですね。
コロモも薄いし、ソースが無くてピクルスだけでも美味しいなぁ」
ノエルは一番スタンダードな、チキンサンドイッチから食べ始めている。
非常にシンプルなメニューであるが、創業以来レシピは変わっていないと言われている。
「このハニーマスタードソースを付けても、美味しいから試してごらん」
「無くても美味しいけど、付けるとチキンの味がはっきりする!」
「このササミっぽいフライドチキンも、香ばしくて美味しいですね」
「味が濃いのに柔らかいのは、どの鶏肉も圧力調理してるんだろうね」
「この編み型のポテトは、フツー」
「ほらセーラちゃんは、ニホンのポテトチップスを食べ慣れてるからさ。
北米の人達は、こういう手の込んだ揚げ物に感激するみたいだよ」
「ふぅ〜ん、そんなものなの?」
「僕から見ると、単純なフレンチフライも北米で食べる方が美味しく感じるけどね。
特にウエッジカットが好きだなぁ」
「シン君が言ってたのは、違いは冷凍してからの時間が短いからだって。
太平洋を渡ると、保管中にどんどん味が落ちちゃうんじゃないかな」
「なるほど。
このデラックスサンドは、変わった模様のチーズですよね。
見掛けは違和感があるけど、とってもコクがあって美味しいですよね」
「欧州育ちのノエル君は知らないだろうけど、このコルビージャックチーズは米帝人が大好きなんだ」
「トマトが入ったのも、ボリュームがあって食べ応えがある!
姐さんが好きそう」
「去年くらいから話題になってるから、マリーはもう全メニュー試食済みなんじゃない?
Tokyoオフィスの『ハンバーガー番長』は、伊達じゃないからね」
和やかな食卓は、場所やメンバーが変わってもやはり同じなのであった。
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