046.Forever
遊園地跡地より移動中の車内。
シンのジャンプで戻ると思われていたベルが、なぜか後席にしっかりと同乗している。
「それで帰りは、どこの店に寄れば良いんですか?」
「……店って何?」
前フリなしのノエルの発言に、助手席のセーラは訝しげな表情である。
「事前連絡もしてないのに、わかってるじゃない。
J系の店で麺が変わったらしいから、そこの支店かな」
「……どこから情報を収集してるんだか、ホントに不思議ですよね」
「今はシンのお陰で頻繁に食べに来れるし、ニホンのラーメンマニアの発信力は凄いからね」
「あんまりシンさんを食べ歩きで酷使すると、エイミーに怒られちゃいますよ」
「はははは」
⁎⁎⁎⁎⁎⁎
ロードサイドにある緑色の看板の店は、目立つ位置に可愛らしい家畜のトレードマーク?が描かれている。行列も無く入店出来た3人は、食券の購入をベルに任せてカウンターから離れた狭い4人掛けテーブルに着席する。セーラは知らないラーメン店で食事が出来ると、入店する前からご機嫌である。
同じ茹でロットの最後だったのか、3人の注文はすぐに配膳される。
ベルがまとめて注文したまぜそばは、トッピングの選択を含めてまったく同じ内容である。
「(ああ、確かに麺の味が変わってるね。
これはこれで食べやすいから、悪くは無いかな)」
同行した二人に向けて呟いた声は小さく、カウンター席のお客や店員さんには聞き取れないであろう。
ベビースターのトッピングを見たセーラは不思議な表情をしていたが、彼女は先入観が無いのでベルに倣ってラーメン丼の中身をしっかりと混ぜ合わせている。
かなりカオスになっている混ぜ麺を食べ始めて、彼女は素直に声を上げている。
「美味しい!
(でももうちょっと麺に歯応えがあった方が、良いかも)」
「(確かに以前食べた時より、小麦の風味が弱い感じがするね)」
頻繁に食べ歩きをしている二人は、小声で感想を言い合うのに慣れているのである。
「なんだノエル君も、以前に食べた事があったんじゃない?」
「ロードサイドにある支店は、事前知識無しでも入りやすいですから飛び込みでしたよ。
(あの時は行列があったのに、今日はすぐに入れましたよね)」
「(前は有名製麺所の箱が店頭に山積みになってたから、麺が変わったのは一目瞭然かもね)」
「(マニアは、そういう微妙な差に煩い!)
私はこのままの味でオッケー!」
麺一本残さずに完食したセーラは、実に満足そうな表情をしていたのであった。
☆
Tokyoオフィス。
「味はどうでした?」
ベルを出迎えたシンは、開口一番尋ねている。
シンはラーメンマニアでは無いが、ベルとのお付き合いがあるのでそれなりにラーメンには詳しくなっている。
「ネットの評価ほど、悪くなかったよ。
セーラちゃんは、しっかり満足してたみたいだし」
ここでセーラは一同の前で、無言でサムアップしている。
「シンさんは、ラーメンの食べ歩きしてないんですか?」
ほぼ日常の食事が外食であるノエルは、シンがどんなラーメンが好きなのか興味津々なのであろう。
「ほら、僕の麺についての味覚は、小さい頃に出来ちゃってるからさ。
ご近所の繁盛店には並んだりするけど、同じ麺類ならば蕎麦やうどんの方が優先順位が高いかな」
「……みんなだけ美味しいラーメンを食べててズルい!
シンが折角居るんだから、ビーフンが食べたい!」
リビングで会話に参加していたマリーが、突然声を上げている。
夕食の時間にはまだ早いが、ラーメンの話で胃が刺激されたのであろう。
いつもならシンにパスタメニューを催促する事が多いのであるが、ビーフンはマリーにとって軽食に分類される麺料理なのかも知れない。
「ユウさん、乾燥ビーフンの在庫ってありましたっけ?」
「前にシン君が持ち込んだ分の、新竹ビーフンがかなり残ってるんじゃない?」
「それじゃマリー用に用意しますか」
「やたっ!!」
⁎⁎⁎⁎⁎⁎
山盛りビーフンをはむはむと食べ続けるマリーを横目で見ながら、リビングの面々の雑談は続いている。
「回転木馬に郷愁を感じるなんて、ベルさんは案外ロマンチストなんですね」
「欧州で育ったから乗馬は身近だったし、朽ち果てる寸前の木馬がなんか不憫でね。
Congoh本社に正式な依頼が来たというのも理由だけど、木部の補修っていうのはヴィルトスの得意分野だからね」
マリー用に調理した分のおこぼれなのか、ベルも平皿に盛り付けたビーフンのご相伴にあずかっている。
セーラはそれを横目で見ながら、お重に入った朝生菓子をどれにしようか考え中である。
普段は食べる機会が無いので、お重に入った和菓子は彼女がTokyoオフィスに立ち寄る楽しみの一つになっているようだ。柏餅、草餅、桜餅は言うに及ばす、団子や金鍔、練切や水羊羹が詰められたお重は、色鮮やかなだけでは無くどれを食べてもハズレが無いのであるが。
「乗馬はずいぶんと長い間やってませんね」
ノエルはお重に入っていない、いつものどら焼きを頬張っている。
このどら焼きは日持ちするので、定期配送便で手に入る数少ない和菓子なのである。
「へえっ、ノエル君は乗馬も出来るんだ」
「母が馬が大好きだったので、パリでは乗馬クラブに顔をだしてたんですよ。
さすがに自馬を購入するほど、頻繁じゃなかったですけどね」
「私もひさびさに馬に乗りたい!」
大きなみたらし団子をほおばりながら、セーラが声を上げる。
自分からやりたいと発言するのは、乗馬に関して何か思い入れがあるのだろうか。
「それならリサのところが丁度良いかな。
実家は牧場だし、荒野ならセーラちゃんの別の鍛錬も出来るしね」
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