044.I Will Boast
Diamondbacksの部隊長から食事を誘われたノエルは、一般隊員食堂に同行していた。
飛行隊長が注文した2人分のメニューは、言うまでも無く食堂名物のミートボールスパゲティである。
「模擬空戦ですか?」
パスタは米帝風に柔らかく茹で上がっているが、食べ慣れたレシピである?挽き肉のソースをノエルは無言で頬張っている。パリ市内では外食してもパスタは柔らかめなので、アルデンテでは無い柔らかい歯ごたえにもノエルはそれほど違和感を感じていないのであろう。
「君は義勇軍で空戦機動計測装置を扱い慣れてると聞いている。
レイ准将から機器一式が寄付されたから、君はテストに最適かと思ってね」
話に夢中になっている部隊長は、フォークを右手で掲げたまま熱心に会話を続けている。
「相手が居ないと、模擬空戦にはならないと思いますが。
部外者の自分と、模擬でも空戦をしたいと申し出てくれる人は居ないんじゃないですか?」
粉チーズを微妙な表情で追加しているノエルだが、米帝メーカーのセルロースが大量に添加されたパルメザン・チーズは実はあまり好きでは無い。最近はシンに差し入れて貰った、切り落としではあるが本物のパルミジャーノに舌が慣れてしまった所為かも知れないが。
「あれだけ鮮やかな着艦を決めた君を、部外者だと侮る者はもう居ないんじゃないかな。それに、前日の夕食で一緒になった少尉が、自分から対戦相手を志願してくれたよ」
「……それなら、喜んで参加させていただきます」
「それは嬉しいな!
で、この名物スパゲティの味はどうかな?」
「いいえ。僕にとっては(チーズ以外は)実は食べ慣れた味なんです。
多分同じレシピが、義勇軍にも伝わっているんじゃないかと」
「ああなるほど。
伝説のAviatorである准将が分遣してた時に、知り合いの炊事兵に伝授したっていう噂は本当だったみたいだね」
☆
翌日。
イオウ島訓練の予備日だった今日は、着艦訓練という名目で模擬空戦が行われている。
対戦する二人の乗機にはハードポイントに空戦機動計測装置が取り付けられ、武装はサイドワインダーと機関砲のみという近接戦の設定だ。もちろん対戦内容はすべて艦橋に設置された大型モニターに表示されている。
艦橋では、艦長と飛行長が並んで、2機が離陸していく様子を眺めている。新たに設置されている大型モニターには、分割画面で各機のACMIからの映像が表示されている。
「飛行長、なんで義勇軍の彼の離陸は、あんなにスムースなんだ?」
「サー、見掛けと違う経験の所為かと。それにAllman一族の血筋は、伊達では無いって事かも知れません」
「あの噂はジョークだと思ってたが、本当に係累なのかもな」
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設定された戦闘空域で対峙している2機は、下限高度までギリギリに使ってゼロを取り合っている。
性能が同じ機体同士なので、勝敗は単純に腕前と機体に対する習熟度の差という事になるのだろう。
(並外れた空間把握能力があるなら、分岐予測について来れるかな?)
ノエルは相手の機体の切り返しを予測し背後を繰り返し取っているが、ACMIでロックオンをする瞬間に絶妙な位置取りで回避されている。
(ああ、反応速度が違うんだな。気をつけないと、こっちがやられてしまいそうだな)
二人の空戦は千日手が繰り返され、燃料切れで結局引き分けに終わったのであった。
☆
対戦後、ブリーフィングルーム。
上官が不在なので、なぜか空戦の技術的な総評は無く二人はリラックスして雑談に終始していた。
「少尉、なんでパイロットになろうと思ったの?」
「……昔黒い戦闘機が活躍する『映画』を見てさ、憧れてたんだ。
そのパイロットは、現実ではあり得ない機銃で敵機をどんどん撃墜するんだよ!」
EOPを映像化した作品の中でも、レイが実験機で行った空戦はとても人気が高いコンテンツである。何気ない会話の中では流せてしまう話題に聞こえるが、この惑星に居住する普通のヒューマノイドが一般に流通していないこの映像を知らないのは自明の理なのである。
「という事は、愛国心よりもドッグファイトに憧れてたって事?」
もちろんノエルはここで少尉を問い詰める事など無く、そのまま通常の会話を続けている。
「そうかも。でもここのパイロットには、愛国心で軍に志願した人は居ないんじゃないかな。
飛行隊長も含めて、●OPGUNの映画に憧れてパイロットになった人が多いからね。
ノエルはどうなの?」
「う〜ん、成り行きかなぁ。
最初ヘリのライセンスを取った後に、セスナに乗るようになって。
いつの間にか、ジェットに乗るようになってたかな」
「義勇軍って、そんなに融通が効く組織なんだ。
ヘリまで操縦出来るなんて、凄いね!」
「いや、ウイングマークを付けてる将官は、それが普通なんだよね。
なんせ兵隊の数が少ないから、陸海空の区別すら無いしね」
「へえっ、それは知らなかったな。
これだけ軍関係者の間で、名声が高いのにね」
「ところで、今の待遇には満足している?
人間関係とか、実生活で煩わしい事は無いのかな?」
少しだけ改めた口調で、ノエルは同階級の少尉に問い掛ける。
海軍の実務には義勇軍としては影響力は無いが、レイを通して待遇改善など多少の口利きなら可能であろう。
「う〜ん、ここまで辿り着くのに苦労を重ねてきたからね。
キャリアを無駄にしないように、これからも頑張るつもりだよ」
少尉は、少しの躊躇も見せずに返答する。
そこには自分で道を切り開いてきた矜持が、しっかりと見えていたのであった。
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