043.Listen Up
着任挨拶を終えたノエルは、食堂を兼ねたラウンジでライノの電子マニュアルを読んでいた。
もちろんゲストとして私室は割り当てられているが、狭いベットと圧迫感がある室内では適応力が高いノエルであっても窮屈なのであろう。
艦長が気を使ってくれたのか、臨席にはノエルの視察対象?でもある件の少尉が世話役として同席している。接待?を仰せつかったのはもちろんノエル個人の要望では無く、部隊でもっとも若く年齢が近いからであろう。
ここで夕食がまだだった少尉の前に、大皿にてんこ盛りされたミートボールスパゲティが配膳されてきた。ソフリットを使った本格的なソースは、どうやらノエルも知っている伝統的なレシピで作られているようだ。巨大な容器に入った粉チーズをたっぷりとふりかけて、少尉は幸せそうな表情でパスタを食べ始めている。決して癖があるメニューでは無いが、彼がこの惑星の食生活にきちんと適合しているのが見て取れるのである。
「別に艦長の無理難題に、ノエル少尉が付き合う必要は無いんじゃない?
ぶっつけ本番で空母から離着艦するなんて、未だ嘗て聞いたことが無いし」
ノエルの気さくな人柄に触れた少尉は、同階級という事もあってパスタを頬張りながらも会話を続けている。もちろん彼はパイロットとしての戦闘ヘリからSTOVLまで扱える、ノエルの高い操縦技能を知らない。
「いいえ。
米帝空母の通常離着艦を体験できるチャンスはそうそうありませんから、この機会を逃したく無いんですよ」
ノエルは調査対象でもある少尉に、根掘り葉掘り聞きたい欲求を抑えている。年齢も若くやんちゃな性格をノエルは想像していたのだが、彼は海軍の窮屈な環境に適応しうまく世渡りをしているようだ。
「そんなの強いコネがあるプロメテウスなら、今回の提案はパスしても米帝海軍にいつでも頼めるんじゃないの?」
「空軍なら、どこの国でもかなり融通を効かせて貰えるんですけどね。
海兵隊は兎も角、今の米帝海軍とは深いコネクションが無いんですよね」
「ふ〜ん、そうなんだ。
それで無事に離着艦する自信のほどは、あるのかな?」
ここで少尉は、いままで隠していた?やんちゃな表情を露わにする。
「前大統領に恥をかかせると、上官から怒られちゃいますからね」
少しの気負いも無く答える表情に、若いパイロットはノエルの実年齢に似合わない凄みを感じていたのであった。
☆
翌朝。
訓練開始前のブリーフィングで、ノエルはイオウ島でのタッチアンドゴーをいきなり体験する事になった。初めて操縦するスーパーホーネットであるが、義勇軍のF−16は最新のアビオニクスに改装されているので大型LCDの操作に戸惑う事は無いであろう。
「なんでこんな『Rookie』のお守りをしないといけないんだ」
複座機体の後席に座る事になったVFA−102の飛行隊長は小声で文句を言い続けているが、表情は真剣そのものである。空母からの離発着は、失敗すると自らの生死に直結するからである。
「空母離着艦は、この間のF−35B以来ですかね」
カタバルトへタキシングしながら、ノエルはインカムに向かって小声で呟く。
カーメリの関係者から依頼された軽空母への着艦デモは、シンが多忙だったためノエルにお鉢が回ってきたのである。スーパーホーネットは模擬弾しか搭載していないのでペイロードはとても軽いが、ノエルは慣れた様子でトリム量を調整している。
「おいおい、この空母ですらF−35Cは配備前だって言うのに、なんでそんな新しい機体の経験があるんだ?ハッタリだろ?」
飛行隊長が険しい表情でノエルを問い詰めるが、彼は涼しい顔で受け流している。
既にカタパルトへのセットは完了しているので、カタパルト要員のエンジン始動の合図待ちである。
「義勇軍の機体は、世界中から集めた廃棄品のレストアですからね。
これは内緒の話ですが、ハワイベースではTurkeyを整備中みたいですよ」
愛着のある機体がハワイでレストア中と聞き及び、アフターバーナー点火の轟音の中で飛行隊長は目を輝かせていたのであった。
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「少尉、空母からの発艦が初めてなんて、冗談だろ?」
手慣れている発艦の手順を見て、飛行隊長は緊張の糸が切れてしまったようだ。
インカムを使って、ノエルと機内限定であるオフレコの会話を始めている。
「本当です。Rhinoのスティックを握ったのも、初めてですよ」
ノエルは自動操縦装置に、事前に聞いていた座標をインプットしている。
「義勇軍の標準機体は、旧型のF−16だと聞いてたんだが。
よくスラスラとブロックIIIの機体を操作出来るな?」
「一夜漬けは得意なんですよ。
それに義勇軍のF−16はアビオニクスが最新式に改修されてますから、自動操縦装置を含めた操作は同じですね。
Rhinoは操縦性も素直で、とっても良い機体ですね」
☆
続けて行われたイオウ島での鮮やかなタッチアンドゴー訓練と、強風にも関わらず着艦を一度で決めたノエルを飛行隊長はどうやら気に入ってしまったようである。
「折角だから、一般食堂の名物メニューを食べていかないか?」
ノエルに対する接し方も部下に対するものと変わらなくなり、気安い雰囲気に変わっている。
「はい。喜んでご一緒させていただきます」
艦内の狭い通路を歩きながら、ノエルはあくまでもゲストして控えな態度である。
「ところで君の父君が、あの伝説の准将というのは本当なのかい?」
レイが持っている艦載機での撃墜記録は、全て非公式であるが30機以上と言われている。
「ええ。
残念ながら父親との交流無しで育ったので、皆さんが期待されている昔話は出来ないですけど」
「いや、君の持っている雰囲気も独特だからな。
その若さでまるでヴェテランの、百戦錬磨のような風格はどこで身についたのか……不思議だよ」
「傭兵をしていた母親と、主に紛争地域で育ちましたから。
でも今の僕ごときでは、空戦訓練をしても友軍のパイロット達には全く勝てないんですけどね」
「義勇軍の兵隊が一騎当千と呼ばれてるのが、君に合って理解できたような気がするよ」
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