042.Generation Away
ノエル自宅リビング。
2人と1匹は、トンカツ専門店から持ち帰りした大量の折り詰め弁当を食べている。
リッキーは巨大なボウルに綺麗に盛り付けられた複数個のカツ丼と、エビフライを含めた揚げ物を美味しそうに咀嚼している。ちなみに彼女はヒューマノイドと同じ消化メカニズムを持っており、全く同じ味覚を持っているのである。
「いろんな人に会えて勉強になったけど、アウトローの人は居なかった」
セーラは既に、3つ目のカツ丼に取り掛かっている。積み重ねられた空容器にはご飯粒一つも残っておらず、彼女の几帳面な性格が現れている。
「そりゃそうだよ。
プロヴィデンスの禁忌に触れて、消え去りたい人は居ないでしょ?」
ノエルは巨大なメンチカツが入った盛り合わせ弁当を、ゆっくりと口にしている。
セーラの食欲の前では、ノエルが少食に見えるのが不思議である。
「でもそれって、常時監視を意識して窮屈のような気が?」
「普通に生活していても、常識とか道徳とか法律があるでしょ?
道端にゴミを捨ててもプロヴィデンスがその人を罰する事は無いけど、歴史を変えてしまうような重大事件を起こそうとすると……」
「消去された実例があるの?」
「数例あるみたいだけど、全く記録には残っていないみたいだよ」
「でも地上で紛争が無くならないのが、不思議」
「それは、映画で起きるような宇宙戦争が起きないかわりに、内政干渉をしないのがプロヴィデンスだからね」
「ワオッ」
「お代わり?追加はカレー弁当にする?」
「ワオッ、ワオッ」
「ソースカツ丼もあるよ。カレーよりこっちの方が良い?」
「ワオッ、ワオッ」
「えっ、サラダも食べたいって?」
「ワオッ」
「外食メニューが多いせいか、リッキーはピートよりもグルメに育っちゃったね」
フライメニューと混ざらないように、別のボウルに用意した大量のサラダにノエルは彼女がお気に入りのドレッシングを掛けている。
「ワオッ、ワオッ」
「掛けすぎると野菜が美味しく無いって?
ごめん、今後は気を付けるよ」
「ワオッ、ワオッ(今回は許してあげる)」
☆
夜半の音声通話。
ノエルは寝室では無く、リビングでコミュニケーター越しに会話をしている。
「米帝海軍のスクランブルした機体が、交戦したって本当ですか?」
ノエルは愛飲している缶ビールを手にしているが、寮に居るシンはきっと注いだばかりのビアグラスを手にしているだろう。
「うん。
『航行の自由』作戦中に、緊急発艦した艦載機が機銃を撃っただけなんだけどね」
旧中華連合圏の防空エリアは、現在ではロシアと米帝の間で領土を巡った綱引きが頻繁に行われている。
「でもそれだけ聞くと、一触即発状態ですよね?」
「空対空ミサイルを撃たれたみたいだけど、電子ジャミングで対応出来たみたいだよ。
米帝海軍の最新装備は、電子戦を含めて進んでるみたいだね」
「うわぁ、映像があれば見てみたいですよね」
「SIDは衛星画像で持ってるみたいだけど、その件で現地視察に行って欲しいみたいだよ」
「米帝の視察でしたら、僕じゃなくて顔が効くシンさんの出番じゃないんですか?」
「それがさぁ、最近じゃ顔が効きすぎて視察にならないんだよね。
ノエル君は同じ融通が効くと思うから、適任だと思うよ」
「???」
「司令官とか艦長クラスの人達には、レイさんの知名度は抜群だからね」
「……息子だと吹聴されるのは、勘弁して欲しいんですが?」
「ご本人は加齢もせずに元気だけど、さすがに空母に顔をだしちゃ不味いでしょ。
話題になってるパイロットはFCLPで近場に居るから、様子を見るなら絶好のチャンスなんだよね」
「ええっ、様子を見るって……もしかして潜入してる異星人の可能性があるんですか?」
「軍隊に入隊出来るレヴェルの偽装が可能だとは僕も思えないけど、実例があるからね」
「それって、プロヴィデンスの消去対象になりそうですよね?」
「いや、現地の軍隊に所属して配備された兵器を使ってる限りは、何も起きないんじゃない?」
☆
ニホン近海を航行中の、空母フォントルロイ艦橋。
空防の輸送ヘリに送迎して貰ったノエルは、艦長と幹部連中に乗艦の挨拶を行っていた。
「プロメテウスの少尉殿は、ずいぶんと別嬪さんだね」
「……艦長、少尉は列記とした男性です」
ノエルに関しての経歴調査書を手にしながら、副長が口を挟んでくる。
「サー、プロメテウス義勇軍環太平洋軍軍所属ノエル少尉であります。
乗艦許可をお願いします」
ジェンダーを誤認されるなど日常茶飯事なので、ノエルは気を悪くした様子を見せずに普通に対応している。
「ははは、乗艦を許可する。
まぁ視察だから、気楽に過ごして欲しいな」
「はっ。ご高配有難うございます」
「そうだ!
プロメテウスパイロットは皆腕っこきだと聞いてるから、イオウ島でやってる着艦訓練に参加してみないかい?」
「艦長、訓練用の機体もありませんし、事前準備も無しにいきなりは無理かと」
ノエルがパイロットであると聞かされていた飛行長は、艦長の唐突な一言に控えめに反論する。
如何に凄腕パイロットであっても、機種転換も行わずに空母着艦を訓練するのは自殺行為なのである。
「……」
ノエルは言うまでも無く、無言である。
「ああ、僕の専用機があるから、あれを使えば良いんじゃないか?
飛行長、いまから整備班に準備させて貰えるかな」
「……」
「失礼、百戦錬磨のパイロット君は、もしかして怖気づいたかな?」
艦長の挑発は、彼ほどの重責にある立場としてはとても珍しい。
どうやら裏で手を回した存在が居ると、ノエルがピンと来た瞬間である。
「自分も義勇軍でウイングマークを拝命してますので、お断り出来ない魅力的なお申し出ですが。
もしかして何処かから、横槍が入ったのでは無いですか?」
ここで艦長が、悪戯が判明した子供のような微笑を浮かべているに気がつく。
「今は予備役とは言え、(レイ)准将には昔から頭が上がらないんでね。
前大統領の口添えもあるし、軍上層部も多少の特例は目を潰って貰えるかな」
「はぁ……なるほど。
空軍のみならず海軍への(准将の)影響力を、甘く見てましたね」
ノエルは、仕方がないという諦念の表情を浮かべていたのであった。
お読みいただきありがとうございます。