041. All To Us
会計を終えた二人を追いかけて責任者が出てくる事も無く、車はスムースに駐車場からスタートした。
「(口直しは)利用した事がある店が良いよね」
「ん……あっ、ノエルあの店は?」
セーラが街道沿いにある、平仮名店名の店を指差す。
同じ外食チェーンでもサイタマに多く出店しているその店は、良心的な価格と品質で知られている。
「ああ、あの店なら大ハズレは無いよね。
ご飯も炊きたてでアツアツだし」
☆
ノエルの自宅リビング。
「授業料は払ったけど、教訓は得られた。
600グラムの特大ハンバーグと、熱々ご飯は美味しかった!」
「ずいぶんと難しい表現を覚えたね。
でも意外な店で、ボリュームがあるハンバーグが見つかって良かったかも」
「教訓1、看板に凝った店は美味しく無い!」
「ははは」
「教訓2、メニューに写真が無い店もやっぱり美味しく無い!」
「セーラそれは違うよ。須田食堂のメニューには写真が無いでしょ?」
「あっ、なるほど。
でも店頭のポップには、綺麗な画像が表示されてる!」
「あれは雫谷学園と提携するとき、SIDの発案で設置したんだって」
☆
翌日、学園校長室。
「君が訪問すると皆歓迎してくれるのは、やっぱり人徳かな」
「こんな若造に、人徳があるとは思えませんが」
「いや、ノエル君は話していても圧迫感が微塵も感じられないからね。
やっぱり人柄っていうのも、大事じゃないかと思うよ」
「押しが弱く見られるのは、交渉時には弱点なんですけどね」
「でも定期的に様子を見に行くのは、絶対に必要だからね。
やはり見守られていると、荒んだ生活は送れないしね」
「はぁ……そうなんですか?
僕の知り合いが、荒んだ生活を送ってるのも想像出来ないんですが」
「そうそう、ノエル君にはぜひ視察して貰いたい飲食店があるんだ」
「あの……自分をフードコンサルタントか何かと、勘違いしてませんか?」
「中華料理の全国チェーン店なんだけど。
外食チェーン店で異星人が支店長になったのは初めてだから、僕たちも注目してるんだよね」
「へえっ、それは素晴らしい事ですね。
店長として抜擢されたって事は、この惑星にしっかりと根を下ろしてるんでしょうね」
「僕たちも時々店を訪問してるんだけど、飲食店に詳しいノエル君の意見も聞いてみたくてさ。
歩いていける距離だから、ぜひ感想を聴かせて貰いたいな」
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トシマクの外れにあるその支店は、歴史がありそうな商店街の一角に店を構えていた。
間口は狭いが奥行きと2階フロアもある、良くあるレイアウトである。
店内の4人掛け席に案内されたノエルとセーラは、さっそく分厚いメニューに目を通している。
「ノエル、急に笑顔になってどうしたの?」
「セーラなら、このお店がどういう状況なのか分かるんじゃない?」
「うん、とっても活気がある!
お客さんもお店の人も笑顔だし、どの料理も美味しそう!」
「すいません、注文して良いですか?」
ノエルは初めて入った店にも関わらず、定食では無く大量の一品料理を注文している。
数点の炒め物以外にも、油淋鶏や6人前の餃子、複数の変わり種炒飯など、注文を受けている店員さんも驚く大量オーダーである。ノエル達は女性の二人連れに見えるので、店員さんとしても食べ切れるかどうか心配になる分量なのであろう。
「あとノンアルビールを2つ!」
これはお馴染みのセーラの注文である。
ノエルは配膳を待つ間に、客席から見える厨房の店長らしき人物をじっと見ている。
客席から見ていても、調理の合間に見せる笑顔と発言で店員さん達の空気が和んでいるのが分かる。
熱々の料理が運ばれてくると、セーラは待ちきれなかった様子で食べ始める。
「レバー、美味しい!」
ノエルと二人だけの食事なので、セーラは取皿を使わずに直接箸を付けている。
炒飯を蓮華で頬張りながらも、彼女はあっという間にレバニラ炒めの皿を空にしている。
「野菜の炒め具合が、シンが作ったのと同じ!
油っぽくなくて、美味しい!」
セーラは間をおかずに、ホルモン味噌炒めを幸せそうな表情で頬張っている。
ニホンに来てからモツ料理が好きになった彼女は、甘辛い味付けも大好きなのである。
「本当にどれも美味しいね。
シンさんに聞いたら、こういうチェーン店って厨房に立っている人によってレヴェルがマチマチなんだって。ここの店長さんは、料理人としても凄腕なんだろうな」
「店は古めかしい内装なのに、床が滑らなかった。
清掃が行き届いている!」
ノエルは否定していたが、まるでフードコンサルタントのようなセーラの発言である。
食べきれないように思われた大量注文は、もやし一本も残さずに綺麗に食べつくされたのであった。
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「ありがとうございました。
お味はお気に召しましたか?
レジで会計を済ませている二人に、厨房の作業が一段落している店長が控えめに声を掛けてくる。
大量注文を綺麗に平らげた女性?の二人組に、興味が湧いたのであろうか?
「どの料理も美味しかったです。
とっても満足しました」
「レバーもモツも新鮮!
野菜の炒め具合も良くて、本当に満足!」
「それは良かったです。
ぜひまたお越しください」
「歩いて来れる距離なので、またお邪魔させていただきます。
ご馳走様でした」
二人を笑顔で見送る店長の笑顔は、自分が納得できる料理を提供出来ている自信に裏付けされているのだろう。声を揃えて挨拶する店員さん達も、皆笑顔でとても良い雰囲気である。
(同じチェーン店でも、これだけの差が出てくるのは店長の采配が大きいんだろうな)
校長より視察を依頼されたのも忘れて、ノエルは食欲以外にも満足した表情を浮かべていたのであった。
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