037.Never Gonna Let Me Go
ワコージェット機内。
「島で退屈するんじゃないかと思ってたんだけど、その心配は杞憂だったね」
ユウの許可を得て副操縦席を離れたノエルは、客席でセーラと雑談をしている。
「ノエルはアイラさんと話しているのが、とても幸せそうだった」
セーラはお土産で渡されたマカダミアを、ポリポリと頬張っている。
セルカークはオーストラリアに近い気候なので、農地の周辺に防風林として植樹されたナッツがとても良く繁殖しているのである。
「……そうかな、いや……そうかも知れない。
母さんが生きている時も、あんなに優しく語らった経験が無かったからね」
「熟女好きは、隠せない!」
「その言い方は、司令官の方々の逆鱗に触れそうだからNG。
でもあの島に隠れ蕎麦好きが大勢居たというのも、驚きだよね」
「もしかしてニホンに居住経験がある人達が、思ったより多かったのかも」
操縦席に座っているユウであるが、オートパイロットと仕切りが無いお陰で雑談に参加する事が出来る。
がら空きだったフードコートに蕎麦食いが集結していた光景は、何かと相談に載っていた彼女にとっても驚きの光景だったのであろう。
「たしかに箸を上手に使って、ニホン語が流暢の人も多かったですしね」
「排骨蕎麦がしばらく食べられないのは、残念!」
☆
数週間後。
「やっぱり、凄いゴツいですね」
フウからの連絡でTokyoオフィスに来たノエルとセーラは、短距離レンジに設置された新しいターゲットを見て驚いている。
「やっぱりこっちに設置して貰って正解ですね。
うちのマンションだと、床が抜けちゃうかも」
セーラのヴィルトス鍛錬用として設計されたターゲットは、穂先の強い衝撃をダンバーによって吸収する構造になっている。和光技研の協力工場に作成依頼したのは、車両用のパーツが多用されているからである。
「セルカークから送って来た設計図に忠実に作って貰ったら、驚きの重量になってね。
桁外れに頑丈だから、ハンドガンの的としても使えそうだな」
短距離レンジの15メートル付近に置かれた床置きのターゲットは、マン・シルエットの厚さが1インチ以上はありそうだ。
「ここまで運ぶのが、大変だったんじゃないですか?」
「シンが丁度手が空いてて、手伝ってくれたからラッキーだったよ」
「うわっ、後でシンさんに忘れないようにお礼を言わないと」
「ん」
「セーラ、今日はメタリを持ってる?」
「ん。いつも」
「そんな短いスティックじゃ、訓練にならないんじゃないか?」
フウは槍使いとしてのセーラの能力を、見たことが無いのである。
「ふふふっ、まぁフウさん驚かずに見てて下さい」
短い警棒サイズだったメタリだが、セーラが両手で構えた瞬間に長さが既に倍ほどになっている。
さらに踏み出して突き出したメタリの槍は、瞬時に伸びてターゲットに穂先をヒットさせる。
ガンッ!
ガンッ!
ガンッ!
「おおっ、たしかに如意棒だな!
あの僅かな質量が、こんなに延びるのは納得できないが」
「ちょっと配合を変えたメタリみたいですけど、まるで流体金属みたいに延性があるんですよね」
☆
学園帰りのショッピングエリア。
天井吹き抜けの噴水広場で、二人はベンチに腰掛けている。
「今日は難解なレッスンをしようと思う」
「ここで?」
「この地下街で、この惑星以外の出身者を判別できるかどうか」
「それは無理!だってエイミーもマイラも、間近で見ても全く見分けがつかないもの」
「彼女達はこの惑星で暮らして長いから、見分けるのは難しいかもね。
キャスパーさんあたりだと、更に判別が難しいかも」
「だったら、どうやるの?」
「やっぱり第六感じゃないかな」
「もしかしてオカルト好き?」
「いや根拠が無いように見える感覚は、無意識の裏付けがある場合が多いんだ」
「???」
⁎⁎⁎⁎⁎⁎
「あれっ、こんな場所で会うなんて珍しいね」
ここでベンチの傍を通ったカジュアルな服装の少年に、ノエルが気安い感じの声を掛ける。
少年は無言だが、右手をシュタッと掲げてノエルに挨拶を返している。
中肉中背の彼は、シャープな顔立ちだが容姿に特に目立つ部分は無い。
「もしかして食事する店を探してるの?」
「……」
無言で小さく頷いた少年に対し、ノエルは言葉を続ける。
「この間の競馬場での借りがあるから、奢るよ。
ステーキで良いんだよね?」
「……」
上りエスカレーターで地上へ出た3人は、ノエルが馴染みの立ち食いステーキ店に入っていく。
ノエルとセーラは肉好きではあるがグルメでは無いので、近場にある米帝系の高級ステーキハウスを利用する事は無い。
「すいません、ランチのワイルドステーキ450グラムを3人前下さい。
焼きは全てミディアムレアで」
ノエルは注文カウンターで、3人前の注文をさっさと済ませてしまう。
「ねぇ、ワイルドステーキって何?」
ここでセーラからツッコミが入った。
「ええっと写真から見ると、肩ロースだから『ワイルド』なんじゃない?
セーラは歯応えがあるステーキの方が、好きでしょ?」
「うん。もちろん」
⁎⁎⁎⁎⁎⁎
「足りないみたいだね。
もう一人前、追加する?」
セーラが三分の一ほど食べ終えた時点で、彼のステーキ皿は空になっている。
「……」
無言で頷く彼は、大食漢には見えない体型であるがかなりの健啖家なのだろう。
「すいません、ランチのワイルドステーキ450グラムを一人前追加で。
焼き方はミディアムレアで」
⁎⁎⁎⁎⁎⁎
店の前で別れた彼は、軽い足取りで去っていった。
奢ってもらった感謝の言葉は無かったが、そのにぱっと崩れる笑顔には不思議な愛嬌がある。
「あの人、私より無口。
それに校内では見たことが無い」
「ああ、彼は学園生じゃなくて、この近くの都立高校に通ってるんだ。
校長先生は、学園に来て欲しかったみたいだけど」
「ノエルが教えてくれる筈だった、課題が未消化になった」
「えっ、今日の課題は消化済みだよ」
「???」
「だって彼は異星人だもの」
「!!!」
「彼はステーキに、塩胡椒はおろかソースすら掛けて無かったのに気が付かなかった?
それに付け合わせのライスやスープにも、ほとんど口を付けてなかったでしょ?」
「でもエイミーやマイラは、私達と同じ味付けのものを食べてる」
「異星人の場合でも、エイミーみたいに味覚が殆ど変わらない場合もあるし。マイラの場合は、この惑星の味を長い時間を掛けて習得したんじゃないかな。それに動物性のタンパク質っていうのは、惑星が違っても味が殆ど変わらないからね」
「それはすごく大変そう」
「でも最近彼にも、好きなメニューが出来たみたいだよ」
「???」
「ビック●ックがお気に入りらしいんだけど、さすがに毎日●ックだと飽きちゃうんだろうね」
「なるほど」
お読みいただきありがとうございます。