036.Might Just Save Your Life
データセンターの訓練施設。
「実際の質量以上に、槍が伸びていましたね」
ターゲットを直撃した穂先を見ていたノエルは、その光景にかなり驚いていた。
ノエル自身はもちろんブレードの達人であるアンであっても、同じ事をするのは不可能であろう。
「中空のパイプ状態だけど、並みの錬成能力じゃあれだけ延性を発揮させるのは無理だと思うな。
やはり槍使いの、並外れた天分があるんじゃないかな」
「???」
実際に槍を握っているセーラ本人は、二人のコメントに困惑の表情を浮かべている。
「他にも色んなバリエーション技も使えそうですね。
過去の槍使いの記録映像とか残って無いんですか?」
「それがさ、鋼糸やブレードみたいな記録が全く残ってないんだよね」
「ははは。それじゃセーラ、●RAGONBALLを熟読して研究しないと」
「???」
更にセーラはニホンのサブカルに詳しくないのか、困惑の表情が更に深くなっているようである。
「確かに質量を無視したようなコントロールは、如意棒を連想させるな。
荒唐無稽なコミックとかの方が、案外技のヒントになるかもね」
☆
データセンターのフードコート。
数日前はがらんどうだった客席は、まばらではあるが利用客が増えているようだ。
お客はほぼ全員が蕎麦を食べているようで、野戦服姿の彼女と同様に生蕎麦の味に飢えていたのかも知れない。
「この数日で、蕎麦の食感がずいぶんと良くなりましたね」
「うん。Tokyoで食べる立ち食い蕎麦よりも、ぜんぜん美味しい!」
押出製麺機を使っているとは言え素材が蕎麦粉100%なので、食感の微調整だけでも美味しさが格段にアップするのであろう。
「ノエルの提案でポピーナのベテランに相談したら、色々と貴重なアドバイスを貰えてさ。
それにアイラの口コミのお陰でお客さんが来るようになって、数をこなしてるから色々と試せるようになったんだ」
「最終的には、この島で蕎麦を自家栽培できれば良いですね」
「うん。栽培したいって立候補してくれる人も居るから、フードコートから独立して蕎麦専門店なんていうのも良いかもね」
「ブーランジェリー以外にも蕎麦屋さんみたいな専門店があると、皆さん嬉しいんじゃないですか?」
「そうだね。外食の店舗が無いのがこの島の特徴だけど、要望があって蕎麦屋みたいな専門店が出来るのは多様性があって良い事かも知れない」
「蕎麦屋だけに細く長くつづけるべき!
あと、定番の具材がもっと欲しい!」
☆
データセンターの訓練施設。
セーラの槍使いの基礎訓練は、地道に進んでいた。
「正直いって、私は専門じゃないからもう教える事が無いんだよね。
ヴィルトスの扱いについては、もう必要十分に出来ているしね」
「あとは本人の創意工夫ですかね」
「そうだね。セーラの場合は、周りに達人が大勢居そうだから心配はしてないけどね。
明日帰るんだって?」
「ええ。居心地が良くて、想定外に長居してしまって」
「そうだ。セーラちゃんにこれを渡しておくね」
「???」
「これは微妙に配合を変えたメタリのスティックで、槍使いに最適化されてるんだ」
「そんな貴重なものを貰って大丈夫なんですか?」
「いや、普通のメタリと単価は変わらないし、この惑星上で使えそうなのは彼女一人だからね。
技のバリエーションが出来たら、未来の後継者のために記録するから連絡して欲しいな」
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帰路の操縦のためにジャンプして来たユウは、ノエルのお願いで一緒にフードコートに来ていた。ユウは折に触れてアドバイスをしていたので、フードコートの責任者とは当然顔見知りである。
「ここ数日でかなり改良が進んだと思うけど、どうかな?」
蕎麦を手繰るユウを見て、彼女は不安そうな表情である。
「いやぁ、ここまで改良できたんだ!
Tokyoの押出製麺機の店でも、このレヴェルの店はあんまり無いかも」
「おおっ、ユウさんにお墨付きを貰えると、やっぱり嬉しいね!」
「自分達も微力ながらアドバイスした甲斐があったみたいで、嬉しいですね」
「ここまで蕎麦が上手く出来るようになったなら、蕎麦用のかき揚げとか海老天とかの揚げ方も伝授しちゃおうかな」
「定番の具材が後回しになってたのは不思議ですけど、その組み合わせは食べてみたいですね!」
「わくわく!」
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数分後、ユウの指導で定番のかき揚げと海老天が載った試作品が出来上がった。
かき揚げはふっくらと、海老天は衣が立っているので見栄えも抜群である。
「うわぁ、食べ慣れた具材だと蕎麦の出来栄えがはっきりと分かりますね」
「かき揚げとの組み合わせ、すごく美味しい!」
「Tokyoの立ち食い蕎麦だと、やっぱりかき揚げが一番人気じゃないかな。
味の感想はどう?」
「玉ねぎと人参のシンプルな野菜かき揚げが、こんなに美味しいなんて意外かも。
ユウ、もしかしたら、私が知らない基本的なお約束がまだあるのかな?」
「それは江戸前蕎麦のお約束なら、沢山あるけどね。
でもそれはその土地で常連さんによって作られていくものだから、セルカークのお約束はこれから出来ていくんじゃない?」
「海老天の尻尾は、残さずに食べる!」
セーラは極太の海老天を頬張りながら、幸せそうな表情である。
「そうそう、排骨蕎麦は既にセルカークの定番メニューになってますよね」
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