035.Goodness, Love And Mercy
アイラの自宅リビング。
セーラのお披露目で訪問したセルカークであるが、二人はアイラとの面会以外は時間に追われずのんびりと過ごしていた。アイラの自宅を毎日のように訪問しているのは彼女の要望だが、ノエルは口に出していないが母親の面影がある彼女に会うのを楽しみにしているようである。
「私は『鋼糸以外』を、学ぼうかと思います」
セーラが雑談の最中に突然表明するが、アイラは納得した表情で頷いている。
「やっぱりノエル君には教える自信が無いか」
「はい。相手がセーラでなければ、鍛えられると思うんですが。
身内に大甘になってしまうと、鍛錬不足が彼女の身に跳ね返ってくるのが怖いんです」
「君の母君みたいに、鬼には成れないよね」
「母のお陰で自分は生き残っていますから感謝しかありませんが、セーラを突き放すのは僕には出来そうにありません」
「絆が急激に深くなったから、その弊害かな。
まぁ師匠として教えを授けられる人材は、Congohには沢山居るからね」
☆
データセンターのフードコート。
二人が習慣になった蕎麦の試作品を食べていると、ここで野戦服姿の女性がテーブルに近づいてくる。
セルカークには軍事施設が存在しないので、義勇軍の制式野戦服を着ている住民はとても珍しい。
「この排骨蕎麦を考案したのは、君達だと聞いたんだが?」
彼女の持ったトレイには、排骨蕎麦とオニギリが載せられている。
佐官の階級章を認識したノエルは瞬時に立ち上がって敬礼を行うが、セーラはワンテンポ遅れている。やはりブートキャンプでの新兵教育が、十分では無かったのかも知れない。
「いや申し訳無い。この島には軍事施設は無いから敬礼は不要だよ。
楽にしてくれないか?」
答礼をしながら、彼女は柔らかい口調で言葉を返している。
「いやぁ、実に旨い!
この島でも蕎麦を食せる日が来るとは、本当に嬉しいよ!」
ノエルと同じテーブルに腰掛けた彼女は、慣れた箸使いで蕎麦を手繰っている。
ズルズルと音を立てて頬張る表情は幸せそうで、生蕎麦を食べれるのが本当に嬉しいのであろう。
「カップ麺の蕎麦を食べてると、侘しいだけなんでね。
蕎麦の歯応えの改良にも、君達が力を尽くしてくれたのだろう?」
「マム、自分たちは料理人ではありませんから、アドバイス程度です。
全ては厨房で頑張っている彼女の功績かと」
「謙虚なんだな。
アイラから、感謝を示したいならお連れの彼女に技術を伝授するように言われてね」
「???」
「食事を終えたら、ちょっと付き合って貰えないかな?」
「はい、マム」
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データセンターの地階。
殆ど物が無いこの空間は、床材が体育館のようにクッションが効いている。
一部には分厚いマットが敷き詰められているので、格闘技の訓練に使うような雰囲気である。
「此処は体術の訓練施設なんだが、私以外に利用者が居ないんで好き勝手に使ってるんだ」
室内の隅には多数の剣や、古めかしい武具が並んでいる。
その一部はメタリで作られていて、ヴィルトスの訓練用なのが一目瞭然である。
「セーラちゃん、まずはこのショートソードを振って貰えるかな」
セーラは剣技を収めた経験は無いが、手渡されたショートソードで見様見真似の素振りを行っている。
無意識の内にヴィルトスが発動されているのか、メタリが鈍い光を発光し刃渡りが延長され厚みがどんどんと薄くなっている。
「う〜ん、君は錬成能力が高すぎて、ブレードは不向きかも知れないね。
並外れたヴィルトスの保有量があるから、槍術の方が向いているかも知れない」
どうやら軍服の彼女は、ヴィルトスのトレーニングの専門家のようだ。
ナナによって数値の計測を受けた経験はあるセーラであるが、ヴィルトスの使い方について助言を受けたのは初めての経験である。
短い槍のような武具を渡されると、両手持ちするようにセーラは指示される。
生まれて初めて槍の形状の武具を持った彼女は、戸惑いながらも槍を構える。
「君の腕には投槍の残像が見えるね。
槍をどう扱えば良いのかは、最近の自分の経験から分かるんじゃないかな?」
「最近の経験……投槍?」
「あそこに的がぶら下がっているから、あれを目標にして突いてごらん」
ハンドガンの試射場のような奥行きがある空間には、分厚いスティールで出来たマンターゲットが天井から複数ぶら下がっている。
武具の中には弓を含めた投擲するものもあるので、試射を行うための空間なのであろう。
短い槍を両手構えしたセーラは、自然な動作で突きを繰り返す。
もちろん短い槍では標的に届く訳が無いが、半身に構えたその姿は程よく力が抜けていてとてもスムースに見える。
「そう。
そのまま、槍の穂先がターゲットを貫くのをイメージしてごらん」
助言にしたがって槍を突き出すセーラだが、変化は突然訪れる。
『ガキンッ!』
「ええっ!重たい槍が、あんなに延びるなんて!」
「へえっ、これは数百年ぶりの槍使いの誕生かも」
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