034.Chasing Your Heart
「ねぇコックのお姉さん、お蕎麦をもう一杯頂戴。
できれば『あのロース肉』を載せて欲しい!」
「そういえばその組み合わせは、試してなかったな」
「ニホンの中華料理店では、排骨ラーメンも人気があるみたいですよ」
「とんかつラーメンっていうのも、食べた事があるよ!」
二人は畳み掛けるように、アイデアを提供している。
「折角だから、試してみようか。
ちょっと待ってて」
ここで厨房に戻った彼女は、トレイに自分の試食分を含めた丼を3つ載せて戻ってくる。
その間にお客の姿は全く見られず、フードコートの規模に応じた利用者はどうやら居ないようである。
「汁に浸かって、食味が柔らかくなるんですね」
「美味しい!」
「うん。ご飯との組み合わせが、丁度よいかも。
現状だと、お握りが一番の人気メニューだからね」
「これも手早く食べられてカロリー補給できますから、研究職の人に人気が出そうですよね」
「うん。そうなるのを望んでいるんだけどね」
☆
アイラの自宅リビングにて。
「フードコートでアドバイスをしてくれたんだって?」
「ニホンの立ち食い蕎麦屋さんみたいな臨機応変なメニューが、新鮮だったみたいです」
シンが言及したのは、全国展開している大手蕎麦チェーンである。
店舗の裁量範囲が広いこの店では、独自のメニューを出すのが認められているのである。
「みんな蕎麦は好きなんだけど、手打ちの技術を持った奴が居なくてね。
これでいつでも出来たての蕎麦が食べられるなら、フードコートももう少し賑わってくれるかな」
「トーキョーでは、どこに言っても街の蕎麦屋や立ち食いの店がありますからね。
調理技術が無い僕たちは、アドバイスしか出来ませんけど」
「でも押出式の製麺機なんて、一昔前には考えられなかっただろ?
味もかなり良くなってきたと思うんだが」
「ええ。輸送の手間を無視できれば、冷凍麺という手もあると思いますけど。
現実的にフードコートで使うなら、押出式はコスト的にギリギリの妥協点のような気がしますね」
「ノエル君の見方は、調理技術は無くともマネージャー的だよね。
やっぱり兵站的な才能があるのかな」
「……」
⁎⁎⁎⁎⁎⁎
「アイラさんは、シンさんを鍛錬したって聞きましたけど?」
彼女が出してくれたほうじ茶を飲みながら、3人の雑談は続いている。
お茶請けは堅焼きの煎餅だが、個包装されていないので島内で製造された品なのだろう。
「うん。彼が技術的に悩んでいた部分に、アドバイスさせて貰ったよ。
シンは直系(子孫)だから、使えるヴィルトスに関しては私と同一だからね」
「セーラはどうでしょうか?
鍛錬という部分では全く教育を受けていないので、僕にはどうしたら良いか判断できないんです」
セーラは話を聞きながらも、煎餅に夢中である。
島内で作られた米で焼かれた手焼き煎餅は、市販品とは違い本当の焼き立てなのであろう。
「ううん、それはセーラちゃんの意志によるかな。
どういう風になりたいかは、本人次第だからね」
「はむはむ……自分の身は、自分で守れるようになりたいです」
「彼女の場合は、たぶんブレードでも鋼糸でもすぐに使えるようになるんじゃないかな」
「それは両方に適性があるって事ですか?」
「そう。ヴィルトスの錬成能力がかなり高いから、メタリを扱う技術は簡単に身に付けられると思うよ」
「それは羨ましいですね」
「それにブレードや鋼糸は、かなり熟練した使い手が身近に居るじゃない?
どちらも実戦で使えるようになるには、かなり時間が掛かるのは言うまでも無いけどね」
シンの鋼糸は、幼少時から長年培ってきた技術である。
彼の両腕には、鍛錬の過程で付いてしまった無数の傷跡が残されている。腕や指を落としそうになったのも一度や二度では無く、鍛錬の過程で怪我をすると母親は少しの心配もしてくれなかったのである。
「残念ながら、僕はセーラをスパルタで鍛えるのは無理だと思います」
「そうすると、ピアかアンに教えて貰うしかないかな。
まぁ決めるのは本人だから、良く考えてみて欲しいな」
☆
翌日昼食時のフードコート。
「ねぇノエル、私に教えるのはイヤ?」
上目遣いでノエルを見るセーラは、その驚異的な破壊力を自覚しているのだろうか?
「教える事自体は嫌じゃないけど。
セーラは僕の身体に残ってる傷は、知ってるよね?」
ノエルは視野に入ってくるセーラの姿を見ないように、強い意思を振り絞っているようだ。
「うん、頭の天辺から足の裏まで全て見てる。
とっても肌が綺麗なのに、腕だけ傷が多いのが不思議だった」
「戦場での怪我もあるけど、殆どが鍛錬中に付いた傷だからね。
鋼糸は使い勝手が良い技術だけど、ヴィルトスの中でも特に鍛錬が難しい技なんだ」
ここで知り合いになったばかりの厨房担当者が、二人の注文を運んでくる。
おまかせのランチメニューは、メインがアフリカ風の炊き込みご飯である。
「うわぁ、本格的なジョロフ・ライスですね」
ノエルが話題を変えるためなのだろうか、大袈裟に声を上げている。
「へえっ、料理の名前をちゃんと言えたのは、君が初めてだよ」
「昔ギニアの料理人が作ってくれたのを、覚えていたので。
トマトの風味と、香辛料のバランスが絶妙なんですよね」
「適度に辛くて、美味しい!
チキンライスよりも、もっとスパイスが効いた複雑な味がする!」
ノエルより先に食べ始めていたセーラは、素直にその味に感心しているようである。
「これを食べ終えたら、新しく配合した蕎麦ダネの試食をして貰えるかな?」
「もちろん!喜んで試食をさせて貰いますよ」
さすがにフードコートの責任者だけあって、メジャーでは無い世界料理のレパートリーが豊富なのであろう。
その彼女が蕎麦に目を付けたのはどういう理由があったのか、セーラの鍛錬と同じくらい気になるノエルなのであった。
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