032.Even So Come
商店街にある馴染みの焼き鳥屋。
セーラがブートキャンプを無事終了したので、今日はノエルと二人だけの打ち上げをしている。
二人のテーブルには、この店の名物の一つであるハカタ風鶏皮が山のように積み上げられている。
セーラは串を横咥えしながら、ブートキャンプの様子を唐突なニホン語で語り続ける。
「アリゾナは湿度が低いけど、砂埃が酷かった」
「日差しが強くて、サングラス焼けをしてしまった」
「新しい知り合いが増えた」
「意地悪な子が一人も居なかったのは、驚き」
「同い年なのに、司令官みたいな体格の子が居てビックリした」
「教官だったルーは、普段と全く違う軍人さんらしい態度で驚いた」
「皆体力があって、落伍者が一人もいなかった」
「シンの作るご飯は、朝も夜もやっぱり美味しかった!」
「食事の時だけは、学園寮の子達がちょっと羨ましく感じた」
「行軍の荷物は重かった」
「対戦車ミサイルを楽々と運んでいたマイラは、見た目と違ってかなりの力持ちだった」
「カイオーテは柴犬にしか見えなかった」
「映画みたいに、夜中に叩き起こされるかと思ってたのに。
ぐっすりと寝れて、朝は起床時間より先に目が覚めた」
「外で食べるレーションも、意外に美味しくて驚いた」
「ハンドガンの訓練は、とっても簡単だった」
「M4カービンは行軍中持ち歩いたけど、とてもしっくり来た」
「でもマイラを狙撃した奴を、仕留めそこねたのは心残り」
「ジャベリンが高価なのは、ぜんぜん知らなかった」
ノエルは一方的に喋り続けるセーラを、相槌をうちながら優しい表情で見ている。
普段はノエルの前でも口数が少ない彼女が、滅多に見せない饒舌な姿である。
「短い期間だったけど、色んな事を経験できたね」
「うん。ノエルが一緒ならもっと楽しめたのに」
いつの間にかハカタ風鶏皮は、一本残らず無くなっていたのであった。
☆
Tokyoオフィス。
「セルカークからご招待ですか?
あそこは引退した方々の隠れ里って聞いてますけど」
「シンが訪ねていったのは、聞いてないかな?」
「ええ。初耳です」
「君に近い係累も大勢居るけど、今回のリクエストはコロニーの責任者がセーラに逢いたいからみたいだな」
「えっ、私?」
「ブートキャンプのハンドガン訓練について聞いて、お前に興味を持ったみたいだな」
「???」
「ブートキャンプでも同世代のメンバーに沢山会えただろ?
煩わしく感じたかい?」
「いいえ。
どちらかと言うと、たくさんの仲間に会えて嬉しかったです」
「君はメトセラのコミュニティーから距離を置いて育ったから、親戚の家に遊びに行く感覚で良いんじゃないかな。まぁ同じ事が、ノエルにも当て嵌まるかも知れないが」
「セーラの知見を広げるという意味では、自分は良い経験だと思いますけど。
リッキーの面倒をユウさんに見て貰えるなら、ぜひ行ってみたいと思います」
「ああ、それは大丈夫だ。
リッキーはピートとも仲良しだし、それほど世話には手間が掛からないだろうし」
☆
その島はオワフにとても似ている。
中央には火山島特有の起伏があるが、その両側にまたがる平原は美しい海岸線を持っている。
上空から見て大きく違うのは、ビルディングのような大きな建築物が全く見当たらない点にある。
実は島内にはハワイベースと同じ技術を用いた滑走路や巨大なデータセンターが存在するのであるが、巧妙な偽装により上空からはその存在を確認出来ないようになっているのである。
「ようこそ、Selkirkへ!」
到着したワコージェットから降りた二人を、ラフな服装の女性が歓迎する。
操縦士として同行していたユウは、彼女から手荷物を受け取ると自前のジャンプで一同の前から瞬時に消えてしまう。
「あの……どこかでお目に掛かった事がありましたっけ?」
アイラと名乗った女性にノエルが掛けた台詞はシンが数年前に発した一言と同じだが、確かに彼女の容姿が強い既視感を感じさせるのは間違いないであろう。
「いや、間違い無く初対面だよ。
ただ君達に会ってみたいというリクエストがあまりにも多かったので、今回は招待という形で来て貰ったんだ。このコロニーを代表して、来訪のお礼を言わせてもらうよ」
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「来訪者用のコテージは自炊専用だから、君達は食事が出た方が良いよね?」
島内の細い舗装道路を歩きながら、アイラが二人に確認する。
「はい。普段も外食が多いので、その方が助かります」
「なんと言っても島内の飲食店は、ブーランジェリーが一軒あるだけだからね。
最近オープンした職員用宿舎のフードコートは、アラスカベースから来た職員が厨房担当だから評判も悪くないんだよ」
数キロ歩いて到着した岩肌をくり抜いたようなデータセンターは、近づくまでは単なる山肌にしか見えない。そのデータセンターに併設されている職員宿舎も、強固なコンクリートを使ったモダンな外見をしている。Congoh共通のIDカードで入構した一同は、高価なクッションが並んだロビーで早速ミーティングを始める。
「居室はダブルの部屋が準備してあるから、あとで案内するね。
それで自分がセーラちゃんに興味を持ったのは、ルーからこれが送られて来たからなんだ」
彼女は持参していたブリーフケースから、銀色のハンドガンを取り出したて応接テーブルの上にコトリと置いたのであった。
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