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031.More Wonderful

 セッションの打ち上げ会場。


 通常の打ち上げはメキシコなどの海外料理の店が多いのであるが、今日の会場はヴェテラン好みの海鮮居酒屋である。いつものタケさんの控え目な乾杯の合図で、さっそく打ち上げが始まる。


「パピさんはともかく、私がこんな場所に来て良かったんでしょうか?」

 大きな舟盛りや、伊勢海老などの見慣れない料理の数々に、ラウは戸惑い気味のようである。


「Congohの関係者は、どうやら誰でも音楽的な才能があると誤解されてるらしくてね。

 まぁ堂々としていれば、大丈夫なんじゃない?」

 パピはニホン滞在が長いので、刺し身を含めたニホン料理で苦手なものは皆無である。

 乾杯後はラウの横に座って、ニホンに不慣れな彼女の面倒を見るつもりのようだ。


「ジョッキも冷たくて、このビール凄く冷えてますね」


「ニホンではグラスも含めた冷たいビールが出てくるのが、良い店と言われてるからね」


「なるほど」


「ここは海鮮料理がメインの居酒屋だけど、それ以外のメニューもちゃんとしてるんだ。

 この串に刺さっているのと、この揚げ物は両方とも地鶏(Chicken)だよ。フライドポテトは米国のと品種が違うけど、とてもホックリしてるんだ」


「うわっ、なんか鶏肉の味が濃いですね」


「ニホンの飲食店の良いところは、不味い店はどんどん淘汰されて美味しい店しか生き残れない点なんだ」


「刺し身は難易度が高いけど、徐々に食べられる範囲を広げていくのが良いよ。

 光り物であってもちゃんとした店は鮮度が高いから、生臭いのが出てくるなんて有り得ないし」


「このライスを巻いた黒いブリトーみたいなの、中身が甘くて食べやすいですね。

 この中身って、何なんですか?」


干瓢(かんぴょう)と言って、食材としてはニホン人には馴染み深いんだ。海苔巻以外には殆ど使わないんだけどね」


「ラウ、お待たせ!

 海苔巻だけだと、お腹が寂しいんじゃない?」

 座敷席に届けられた重箱を複数抱えたマイラが、ラウの席にやってくる。


「鰻重を貰ってきたから、一緒に食べよう!」

 

「マイラ、気を使わせてゴメンね。

 うぅっ、凄く良い匂いがする!」


「鰻は食べたことが無いの?」


「いや、昔ゼリー寄せにしたのをドイツで食べたことがあるけど、小骨が苦手だったな」


「大丈夫。ニホン人で鰻重が嫌いな人って、絶対に居ないから。

 とりあえず食べてみてよ、絶対に口に合うから」


「うわぁ、フカフカで柔らかいね。

 これ本当に鰻なの?」


「これは関東風だから、蒸してから焼くからふんわりしてるんだ。

 小骨が気にならないほどに柔らかいから、とっても食べやすいんだよ」


「うわっ、ソースが甘辛くて美味しい!」


 ラウはレンゲを使って、すごい勢いでうな重を食べ続けている。


「ラウだっけ?

 いやぁ、ひさしぶりに演奏しながら笑った笑った!」

 ここで乾杯後に席を回っていたシンが、ラウの隣に腰掛ける。


「はぁ……ご迷惑かけてすいません」

 米粒をほっぺに残しながら、食事を中断したラウが申し訳無さそうな表情をしている。


「いや責めてるんじゃなくて、ブートキャンプの組み手で凄く凛々しい姿を見てたからさ。

 そのギャップが凄くてね、大笑いしてほんとゴメンね」


「でもシンさんは忙しくて、行軍とかには参加していませんよね?」


「ほら基地の敷地内での訓練もあったでしょ?

 調理の合間に、しっかりと見させて貰ってたよ」


「ふふふっ、やっぱりマイラの事が心配だったんでしょ?」

 ルーが遠慮ない口調で、内情を暴露する。


「そりゃそうだよ。

 マイラは僕の実娘みたいなものだからね」


「シン、いつもの事だけどちゃんと彼女候補って言って下さい!

 姉さんと扱いが違うのは、差別だと思うよ!」


 鰻重を頬張りながらマイラはシンに文句を付けるが、これはお約束のやりとりである。

 無言で微笑むシンに頭を乱暴に撫でられると、マイラは途端に大人しくなる。


「シン君、こちらのお嬢さんは?」

 席を回って挨拶していたタケさんが、シンに紹介を催促している。

 芸能界の人材発掘でも有名な彼は、一期一会を旨として普段から積極的に活動しているのである。


「すごく大人びてますけど、マイラの同級生なんです」

 正確には同期の新兵というべきなのだろうが、雫谷学園の同級生であるのも間違いでは無い。


「ラウと言います。突然お邪魔してしまって、申し訳ありません」


「いや、マイラの同級生なら大歓迎だよ。

 皆マイラの事は、自分の娘のように思ってるからね」


「ああっ、タケさんまでそういう発言なの?

 私って、そんなに子供っぽいかなぁ……ショックかも」


「みんなのマイラが突然大人っぽくなったら、逆に大勢がショックを受けるかもね」

 ここで傍の席にいたヌマさんが、ぽつりと呟く。

 もしかして一番ショックを受けるのは、長い付き合いである彼本人かも知れない。


「私はアイドルじゃなくて、実力派のプレーヤーを目指してるのに」


「大丈夫。ここのメンバーはマイラの実力を十分に理解してるから。

 そうそう、シン担当のプロデューサーがまたマイラに話があるって」

 タケさんは気の毒そうな表情で、いちおうマイラに連絡事項を伝えている。


「ニホンでデビューすると、ヒラヒラの衣装でステージに立たされそうで怖いんだ。

 シンみたいにプロモーション無しの条件を、聞いてもらえそうに無いし」


「「「それは、見てみたいなぁ」」」

 ホーンセクションの年配の二人や、ヌマさんが揃えて声を上げる。

 セクハラ紛いの発言を本人の前で出来るのは、長年の深い付き合いがあるからに違いない。

お読みいただきありがとうございます。

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