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030.Falling For You

 大浴場。


「ふえっ、ラウは身体が出来てるね?

 まるでフォース・リーコンの女性隊員みたい」


 全裸で方膝立ちのラウは、恥ずかしがる事もなくかけ湯を行っている。

 綺麗に全身脱毛している姿は、体脂肪率を絞りすぎること無く女性らしいバランスを保っているようだ。


「いいえ、単なる見掛け倒しです。

 マイラにもコテンパンにやられちゃいましたし」


「そりゃ当然でしょう。

 マイラは学園生の中じゃ、文句無しに最強だからね」


 湯船で身体を伸ばしながら、パピはリラックスした表情を浮かべている。

 同じ湯船に浸かっているラウが、パピをちらちらと横目で見ているのは彼女の身体に無数に刻まれた傷跡が気になるのだろう。上腕や大腿の無数の切傷や腹筋や大胸筋にある刺し傷や穿孔は、見方によってはかなりグロテスクに感じてしまうかも知れない。


「パピは、傷を消さないでそのままにしてるからね」

 ラウの視線に気がついたケイは、パピ本人に変わって説明する。


寮長(アンジー)に聞いたら、まとめて消すには新陳代謝の関係で一年くらい掛かるって。

 それなら、現場を離れてからで良いかなぁって」


「歴戦の勲章なんですね。

 尊敬しちゃいます」


「司令官クラスのメトセラでは、もっと凄い人が居るみたいだよ。

 でもそれを言うなら、傷跡が無いケイの方がよっぽど凄いんじゃないかな」


「傷が少ないって、そりゃそうだよ。

 防衛隊はPKOで出動する事はあっても、実戦経験は少ないからね」


「いやいや、防衛隊を辞めた後の傭兵時代の武勇伝もいろいろと聞いてるよ」


「……そういう昔話はラウが退屈しそうだから、止めておこうか。

 それでマイラの話だけど、組手をしてみると分かるけど防御力はダントツだし、なにより精神(こころ)が強いからね」


「シンが本当の肉親みたいにマイラを可愛がっているのは、自分の境遇と近いものを感じているからなのかも」



                 ☆



 夕刻。


 ラウはパピに誘われて、シン達が出演しているライブハウスに来ていた。

 Tokyoオフィスメンバーや寮生が多数参加している定例セッションは事前告知無しに開かれているが、音楽マニアの口コミだけで客席が毎回埋まってしまう驚くべき人気なのである。


「こういう場所は、IDを見せないと入れないのでは?

 ニホンはそういう規制が緩いんですか」


「ははは。ラウの今の姿を見て、未成年だと思う人は居ないんじゃないかな。

 それでもタブロイドカメラマンも客席に紛れてるから、ビールやワイン以上のアルコールは注文しないようにね」


 客席に収まった二人だが、パピは顔見知りの参加ミュージシャンから盛んに挨拶を受けている。シンのバックで何度かドラムスを叩いた経験があるので、彼女は凄腕の外国人ドラマーと認識されているのであろう。


「パピさんは顔が広いんですね」


「顔が広いのはシンのお陰かな。

 人脈という点では、シンは顔が広すぎて隠密作戦に参加できない程だからね」


 ここでタケさんの挨拶で、演奏がスタートする。

 今日はレイやユウが所要で不参加だが、それ以外の常連メンバーはしっかりと揃っているようだ。


「???。

 私は音楽の事は良くわかりませんけど、演奏してる方々はすごい方々みたいですね」


「メンバーのほぼ全員が、ニホンを代表するスタジオ・ミュージシャンだからね。

 マイラはこのメンバーみんなに可愛がられてるから、すごいよね」

 

 音楽マニアでは無いラウであるが、聞き覚えがある北米のヒット・チューンが立て続けに演奏される。

 マイラは年齢差があるホーンセクションの一員として演奏しているが、とてもリラックスしていて表情も豊かに見える。


 ♪25 or 6 to 4♪


 イントロの迫力のあるブラスのユニゾンから、ボーカルパートに入るとシンの伸びやかな歌声が客席に響き渡る。ノエルやイズミのコーラスが加わると、セッションとは思えない一体感のあるボーカルパートが完成する。


 このセッションは手弁当でギャラも出ないが、選曲はメンバーの持ち回りで決まる。本日の選曲で70年代以降の北米のヒットチューンが殆どなのは、参加メンバーの青春期の思い出を反映しているからであろう。メインボーカルを取らないメンバーの前にもコーラス用のマイクが設置されているのは、このセッションの本質が演奏を楽しむという点を重視しているからである。


 エンディングでブレークした瞬間、バンマスであるタケさんが短くシャウトする。

「マイラ!」


 彼女は気負いの無い柔らかい表情で、サックスを無伴奏で吹き始める。

 ソロパートらしき優しいメロディが奏でられると、ドラムスとベースがそれに合わせてビートを刻み始める。心に染み渡るような、ロングトーンを多用したバラードである。


 静まりかえった客席では、感情を揺り動かされて瞼を抑える人が続出する。


「マイラのサックスは、やっぱり表現力が凄いんだよ」

 パピは目を潤ませてラウに話しかけるが、彼女は滂沱の涙だけでは無く鼻水まで垂れ流している。


「うぅっ、そぼですね」


「ああっ、感動が台無しだよ。

 ほらこのバンダナで鼻水も拭って!」


「すびばせん、ズズッ、私音楽を聞いて、こんなに感動したのは初めてですぅ」


 マイラは演奏に集中しているので気がついていないが、シンやタルサは鼻水を盛大に垂らしているラウの様子に懸命に笑いを堪えている。真面目な表情を作って立て直そうとしているが、肩が揺れているので演奏に支障が出そうである。


 アドリブパートが控えめの演奏を終えたマイラは、客席から盛大な拍手を送られる。

 ニホン暮らしで板についたお辞儀を返す彼女は、とても幸せそうな笑みを浮かべていたのであった。

お読みいただきありがとうございます。

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