028.Rescue Story
クルーシブル実施中だった分隊は、事情聴取で中断される事無く行軍を続けていた。
演習地は米帝政府から治外法権に近い扱いにされている上に、ジャベリンでの反撃については正当防衛であるとリサが判断したのである。
「ねぇマイラ、傷は痛まないの?」
エリーは銃撃された瞬間を目撃しているので、彼女が普通に歩いている姿に違和感があるのだろう。
「うん。もう痣も消えちゃったみたい」
「マイラはもしかして、●ーパーマンみたいに不死身なの?」
「ううん、『ちょっとだけ』頑丈なだけだよ」
「「「ちょっとだけ???」」」
行軍している分隊のメンバーからは、盛大なツッコミが入ったのは当然であろう。
☆
隊員食堂。
クルーシブルがなんとか終了し、明朝の階級章授与式以外の予定は全て終了している。
普段は食堂に顔を出さない司令官も同席して、賑やかに夕食が始まっている。
「今日の夕食は祝賀会を兼ねているので、無礼講で存分に楽しんでくれ。
ビールサーバーも飲み放題だが、二日酔いになって明日の授与式で醜態を晒さないようにな」
プロメテウスではビールやワインに関しては普段から年齢制限が煩くないので、泥酔してしまうような新兵は居ない。最後の夕食という事で食材整理も兼ねて豪華なメニューが並んでいるのは、恒例なのであろう。
ブッフェ形式の取り分けテーブルは、初日から評判が良かったメニューに加えて見慣れない料理も並んでいる。寿司桶やラッピングされた大量のバーガー類は、Tokyoオフィスからジャンプで運んで来た特別メニューである。
「うわっ、この混ぜご飯とっても綺麗!」
大きな寿司桶に入ったちらし寿司は、お祝いメニューとして目立つ位置に飾られているので隊員が真っ先に気がつく。
「このちらし寿司は、ユウさんとエイミーが特別に用意してくれたんだ。
握り寿司が苦手でも食べやすいから、ぜひ試してみてよ」
取皿に大盛りにしたちらし寿司をラウに手渡すと、新兵達はシンのもとに殺到する。
北米在住で寿司に馴染みのないメンバーは地味なラッピングのハンバーガーを手に取るが、頬張った全員が驚いた表情を浮かべている。
「これ凄く美味しい!」
「うんまい!このバーガーどこの店のですか?」
北米産のプライムビーフで作られたパティは冷凍だが、バンズはTokyoオフィスの近隣ベーカリーに特注した焼き立てである。何よりも味覚が鋭敏であるマリーが、時間を掛けて開発したソースはどの有名チェーン店の味にも似ていないオリジナルなのである。
「これはTokyoオフィスの『ハンバーガー・マイスター』の手作りなんだ。
市販のバーガーに、負けてないでしょ?」
「姐さんの手作りバーガーは、Tokyoに居ても滅多に食べれないからね」
ここでルーが希少性を強調すると、大量に並んでいたハンバーガーもどんどん減っていく。
「Tokyoって、シンさん以外にもグルメな人ばかり居るんですね」
事前に食事の評判を聞いていた新兵も、想定以上だった毎日のメニューを振り返って溜息を付いている。
そんな喧騒の中、エリーは以前からの知り合いである、ルーと膝を突き合わせて真剣な話をしている。
「あの教官、高価なジャベリンを一般車両に使った事は、問題にならないのですか?」
クルーシブルの評価は分隊単位で行われるので、生真面目な性格であるエリーの発言は自分が所属する分隊に対する公正な評価を求めるものなのだろう。
「エリー、お前はやり繰り上手だとジョンさんから聞いているが、プロメテウスの兵隊の価値はそんなに安くないぞ。それにM4じゃ、遠距離にある車両を止める事すら出来なかっただろう?」
ルーはシンから無言で提供された久保田千寿を、小さなグラスに注いでゆっくりと味わっている。
もちろんビール好きの嗜好は昔から変わっていないが、周囲の影響で日本酒を嗜むようになったのは最近である。
「……はい」
「それにジャベリンの操作シミュレーターすら使った経験が無いセーラが、咄嗟に判断して車両を撃破出来たのはチームワークの成果だと言えなくも無い」
「……」
「これはまだ内密な話だが、現状では狙撃手の痕跡が鑑識に確認されていない。
ジャベリンの威力は凄いが、DNAを全て消し去るのは不可能だろう?」
「???」
「つまり狙撃手には、まんまと逃げられた可能性が高いという事だな」
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「私のこと、心配じゃなかったの?」
マイラはいち早く確保したマリー謹製のハンバーガーを、嬉しそうに頬張っている。
彼女はマリーに幼少時から可愛がって貰っているが、それでも自ら調理したハンバーガーを食べる機会は殆ど無い。
「へへへ、実はノエルからマイラの特技は聞いてたから。
あれしきで怪我をするなんて、少しも考えてなかったんだ」
超大盛りにして貰ったちらし寿司を蓮華で頬張りながら、セーラはご機嫌である。
「ああっ、悲しい!」
「ラウ、ブートキャンプも無事終わったのに、何で悲しそうなの?」
「こんな美味しい食事が食べれなくなるなんて、耐えられないよ!」
「ラウ、何言ってるんだか!
学園に入学すれば、シンさんが作る料理を食べる機会はすぐ巡ってくるって!」
「あ……そうだった。
テヘッ!」
実年齢よりも大人びて見えるラウの発言は、新兵達の爆笑を誘ったのであった。
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