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027.See A Victory

 クルーシブル(最終試験)前夜。


 ブートキャンプお約束の夜間点呼が行われないのは司令の方針であり、この時間帯の兵舎は疲れた新兵達が泥のように眠っている。だが例外的に余力を残している新兵も、数名居るのであるが。


「セーラ、ブートキャンプはキツかった?」

 2段ベットの下段から、マイラが囁き声を発する。

 セーラが上段の寝床に収まっているのは、序列では無く彼女自身の選択であり深い意味は無い。


「ううん。とっても楽しかったよ。

 寄宿舎の生活と違ってご飯も美味しいし、周りは同胞ばかりだし」


「私はシンの料理で育ったから、食事はいつも通りなんだよね」


「それは羨ましいね!

 やっぱりマイラにとって、シンはお父さんみたいな存在なの?」


「お父さんかぁ……そうだね。

 本当の両親は私が物心付くまえに死んじゃったし、そうかも知れない」


「でもシンがマイラを甘やかさずに育てたのが、このブートキャンプに来て分かったよ」


「ははは。本当の肉親は、愛情を向けてくれるのと同じ位厳しいからね。

 でもセーラも深窓の令嬢な見掛けと違って、体力があるじゃない。予想外だったよ」



                 ☆



 ルーが監修したブートキャンプのクルーシブル(最終試験)は、特に難しい課題がある訳では無い。

 輸送ヘリで運ばれた遠方から、『最新フル装備』で無事に兵舎まで戻ってこれればゴールである。

 ただしこの『最新フル装備』というのが、かなりの難題なのである。


「ワイリー!久しぶりだね!

 私の事、覚えていてくれたんだ」


 行軍の最中に近づいてくるカイオーテに分隊メンバーは緊張していたが、マイラが声を発すると一同はようやく状況を理解する。このカイオーテは餌付されていて、マイラに懐いているのを納得したのであろう。


「今日はあんまり量が無くて、ごめんね」

 野戦服のポケットから取り出したジャーキーは、厨房で余った牛肉でシンが手作りした人気の品である。

 シリウスは言うまでも無く各ブランチの司令官までが催促するので、いつでも在庫が不足気味の逸品なのである。


「バウッ!」

 マイラが手づから与えているジャーキーを、噛み締めているワイリーは尻尾をフリフリ超ご機嫌である。

 分隊メンバー達が笑みを浮かべている癒やしの光景の中で、突然近距離?から放たれたライフルの発射音が響き渡る。

 中腰で餌を与えていたマイラが、着弾の衝撃を受けてバタリと地面に倒れる。

 大きな背嚢と対戦車ミサイル(ジャベリン)を背負っていたマイラが、大の字の姿勢でピクリとも動かなくなっている。


「「「マイラ!!」」」

 

「小隊メンバーが狙撃されるなんて、聞いてないよ!」

 マイラにいち早く駆け寄ったエリーが、野戦服からドクドクと吹き出している粘っこい液体を見て顔を顰める。


 発射音を聞いて分隊メンバーは伏せた姿勢で周囲を索敵しているが、演習最中にいきなり銃撃されたので平常心を保つのは難しい。ここで視力が優れたセーラが、射手が乗り込む車両をいち早く発見した。


 セーラはもちろんマイラが狙撃された事を認識しているが、救護はエリーに任せて分隊の安全確保を第一に考えているようだ。彼女はマイラが背負っていた対戦車ミサイル(ジャベリン)のフロントプロテクターを一瞬で外すと、射撃姿勢に入り躊躇無く車両をロックオンする。


「あっセーラ、それは使っちゃ駄目っ!」

 マイラの負傷を見ていたエリーが叫び声を上げるが、すでにトリガーは引き絞られていた。ロケットモーターで発射筒から射出されたミサイル弾が、空中で点火し安定翼を展開した状態で飛翔していく。


 直撃モードで発射されたミサイルは、吸い込まれるように車両のフロント部分に着弾する。頑丈なハマーは轟音とともに爆散し、あたり一面に白煙と焦げ臭い匂いが充満する。

 シャーシの残骸すら残っていない惨状では、もちろん運転席に居たであろう狙撃手も木っ端微塵であろう。


(シミュレーターも使ってないのに、なぜあんなに簡単に扱えるのかな)

 防弾チョッキを広げて傷を確認していたエリーは、止血キットを手に出血している部位を探しているが見つからない。ここで気絶?していたマイラが、身じろぎして意識を取り戻したようだ。


「痛ったい〜!」

 

「マイラ、救援を呼ぶから頑張って!」


「へっ、何で?

 打ち身だけで、出血もしてないよ?」


「えっ、嘘!

 このベタベタしたの血じゃないの?」


「ああ、それはエナジーメイトじゃない?

 試作品のベリー味だから、色が紫なんだよね」


「……何で?

 防弾チョッキに穴が開いてるのに?」


「弾頭はここで止まってるし、ほら自分って頑丈だから」

 マイラが防弾チョッキの穴で止まっていた、弾頭を指で摘み上げる。


「頑丈さにも、ほどがあるだろ!

 心配して馬鹿みたいじゃない!」

 エリーは声を荒げて文句を言うが、その表情は安堵を感じさせる優しいものだったのである。


 ⁎⁎⁎⁎⁎⁎



 ブートキャンプが続行されている演習場。

 マイラが狙撃された場所では、地元警察がリサを伴って現場検証を行っていた。


「ライフルで狙撃されたのなら、問題無く正当防衛が認められるんじゃないか。

 相手も他国(プロメテウス)の私有地に不法侵入してるし」


 この地区担当の保安官は当然リサの知り合いであり、現場検証は形式的なものでしかない。


「この.308の弾頭はかなり変形してるけど、撃たれた新兵はどういう状況なのかな?」

 被弾したマイラから提供された弾頭は、証拠品としてビニール袋に確保されている。


「偶然が重なって、打ち身だけで済んだんだよ。

 ラッキーだったね」

 リサはマイラの生来の能力について説明する義務は無いし、説明したとしても信じて貰えないのは明らかであろう。


「以前も似たようなトラブルがあったので、地元のハンターやガンショップにはきちんと通達してたのに。

 効果が無かったという事なのかな」

 保安官は保守的なこの担当地域で、日頃から地元に密着した保安活動をしている。地道な広報活動が無意味だったと思い知らされるのは、かなりショックなのであろう。


「まぁ地元民じゃない可能性もあるし。

 それに対戦車ミサイル(ジャベリン)を発射した新兵は、車を狙ったのでドライバーが乗っていたかどうかは未確認だと言ってたしね」

お読みいただきありがとうございます。

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