025.Without Running Away
体術のカリキュラムを終了した新兵達は、夕食の食堂に集まっていた。
本日の夕飯メニューもビュッフェ形式ではあるが、前日の反応を見てニホン食の比率が上がっている。カツ丼の頭や牛丼の餡は特に好評らしく、シンが補充しても保温バットはすぐに空になってしまう。
「私じゃ相手にならなかったな。本当にマイラの防御は鉄壁だね」
爆盛のカレー皿を持ったラウは、マイラの横に着席すると自らの負けを宣言する。
彼女は強面の見た目と違って、プライドをひけらかさない謙虚な性格をしているようだ。
「ありがとう。ラウの打撃も凄い威力だったよ。
でも組み手に関しては師匠との長い積み重ねがあるから、簡単には負けられないから」
マイラも少食では無いのでカレーの盛り付けに驚いたりしないが、同じテーブルに居るエリーは目を見開いて驚いている。雫谷学園に通っている彼女はニホンの飲食店事情にも詳しく、きっとカレー店のチャレンジメニューを連想していたのであろう。
「マイラはTokyoオフィス所属だよね。
もしかして師匠はユウさん?」
爆盛カレーと満遍なくトッピングされた揚げ物が、ラウの旺盛な食欲でどんどん無くなっていく。
これだけのカロリー消費が必要だという事は、彼女はあまり燃費が良くないタイプなのであろう。
「うん。
ユウさんを知ってるの?」
マイラは、シン特製のペンネを使ったマカロニ・チーズを頬張っている。
カーメリ基地から提供されている切り落としチーズを使ったソースは、米帝のそれと違って複雑な味わいである。
「ははは。それじゃ体格差があっても勝てないわけだ」
「はいマイラ。ご褒美のジャンボパフェね!」
ここでシンが、巨大なガラス容器に入ったパフェをマイラの前に配膳する。
新鮮な果物が大量に使われたパフェは見事にデコレーションされていて、硬すぎるフランでは無くニホン風の柔らかいプリンがしっかりと盛り付けられている。
「うわっ、シンありがとう!
ねぇラウ、甘いの嫌いじゃなかったら一緒に食べない?」
シンが用意してくれた大きなデザートスプーンの一つを、マイラはラウに手渡す。
彼女は既にカレーを食べ終えて、巨大パフェを羨ましそうな表情で凝視していたのである。
「えっ、いいの?」
「もちろん。
ラウもユウさんに習いたいなら、雫谷学園に来れば良いのに?」
「うん。実はそのつもりなんだ。
ブートキャンプを終了したら、校長から許可を出して貰えるって」
生クリームはマイラ好みの甘さに調整してあるので、見掛けとちがって食べやすいパフェはどんどん減っていく。
「このフラン、柔らかくて美味しいね!
シンさんって、凄い料理人だったんだ」
「今のシンさんの師匠は、ユウさんの母君だからね。
私も時々料理を教えてもらうんだけど、凄い人なんだよね」
「ますます、Tokyoへ行きたくなったな」
「初対面で失礼かも知れないけど、ラウって見掛けで損をしてるよね。
こんなに人当たりが良くて、優しいのに」
一緒に食べているパフェを食べ散らかす事も無いので、ラウは見かけと違ってかなり几帳面のようだ。
「母さんにも険しい顔をしないで、いつも笑顔で居なさいって怒られるんだ」
鼻の上と頬に生クリームをしっかりと付けながら、ラウは普段とは違う満面の笑みを見せたのであった。
☆
翌日。
行軍を終えた新兵達は、本日最後の課題のために射撃場に集合していた。
この射撃場は兵舎の傍に設置された50ヤードのショートレンジであり、バックストップもコンクリートと土でシンプルに作られている。射撃ポジションの後方にはポリカーボネートを積層した防弾ガラスの衝立が立てられていて、射手の背後の安全を確保している。
「今回の課題はとてもシンプルだ。
50ヤード先に設置してあるスティールターゲットに、一発でも命中させれば合格だ」
『カカン!カカン!カカン!カカン!カカン!』
ターゲットの方向へ正対したルーは、マガジン一つ分を瞬く間に打ち尽くす。
ステンレススティール製のハンドガンは.40口径のホローポイント弾を滑らかにフィーディングし、全弾がターゲットをヒットしている。
人型に作られた厚い鉄板のターゲットは、どの部分に着弾しても甲高い音を立てる。
精密射撃の練習には不向きであるが、着弾を音で確認できるのは大きなメリットであろう。
「ルーは簡単そうに見せてるけど、かなり難しい課題ですね」
兵舎の傍で行われている訓練なので、シンは調理の合間に見学をしている。
隣には厨房でシンを手伝っているリサが居るが、真新しいこの訓練も当然彼女の合意のもとに行われているのだろう。
「ああ。ルーの考案したこの訓練は、ゼロインの事を何も言ってないのがキモなんだよ」
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ルーが見本を見せた後に、新兵から控えめに声が上がる。
「あの教官殿、質問をして宜しいでしょうか?」
「続けて」
「教官殿、ゼロインする為の時間は、頂戴できるのでしょうか?」
「うん。とても良い質問だな。
持ち弾はマガジン一つ分だけで、ゼロインの時間も当然それに含まれる。
もちろんいかなる工具の使用は認められないし、交換部品を使用するのも不可だ。
ただしターゲットのどの場所にヒットしても、一発だけ命中すれば課題はクリアになる」
この一言で、訓練生達の表情が変わる。
いかにこの課題が難しいか、瞬時に理解したのであろう。
「それじゃ露払いの希望者は?」
「……はいっ!自分がやらせていだきます!」
真っ先に質問の声を上げた新兵が、即座に手を上げる。
「よし。それじゃ準備が出来たらマガジンをロードして撃ち初めてくれ。
撃ち終わるまでの時間制限は無いから、納得するまで時間を掛けても構わない」
プレッシャーを掛けないようにしている優しい口調のルーは、本当にお手並み拝見という興味津々の表情をしていたのであった。
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