024.The Stars
「Wow!」「Oh!Sweet!」
ブートキャンプ参加者が、食堂に入ったとたんに歓声を上げる。
料理台に並んでいる沢山のメニューは事前に聞いていた評判通りに、高級ホテルのビュッフェのように絢爛豪華に見える。
「ここはブートキャンプの食堂だし、気を使う上官も居ないからマナーを気にせずに堪能してね。残さなければお代わりは自由だし、山盛りにしても誰からも文句は言われないから」
「あの……コックさんは尉官なのでは?」
「ははは。僕は皆のお世話係で来ているので、気にしないで。
ほら階級章も付けてないでしょ」
「……はぁ」
シンは人好きのする笑顔で、何も付いていない襟元を強調する。
もっとも尉官が作業用のツナギやエプロンを着ているのは、他国の軍隊では考えられないであろう。
「それと並んでいないメニューでも、特に食べたいものがあったら厨房に声を掛けてね」シンは食事台の前で、圧力を感じさせない優しい口調で語りかける。基地司令やルーが同席していないのは、食事時だけでもリラックスして欲しいという義勇軍ブートキャンプのお約束である。
大きな取皿を手にした新兵達はシンから説明を受けて、様々なメニューを盛り付けている。
伸びにくいペンネを使ったパスタメニューもあるが、大多数の新兵は白米をメインにしている。
カレールーを躊躇無くご飯と一緒に盛り付けているので、日頃からニホンのメニューを食べ慣れているのかも知れない。
「ハンサムなコックさん、自分はオムライスが食べたいです!」
食堂と小窓で繋がっている厨房へ、エリーが周りの怪訝な表情を無視して声を掛ける。
「はぁい、おまたせ!
カツカレー用のトッピングのフライも、一緒に食べると美味しいよ!」
まるで事前に材料が準備してあったように、数分でオムライスが提供される。
「あと、こっちはマイラの分ね」
シンはマイラから口頭で注文を受けていないが、一瞬のアイコンタクトだけで彼女の欲しいものを理解していたようだ。卵料理好きのマイラは満面の笑みを浮かべながら、シンに大きなウインクを返している。
「シンさん、自分は超大盛りのカツ丼が食べたいです!」
「はぁい、すぐ出来るからちょっと待っててね。
セーラはカツ丼が大好物だもんね」
「……ねぇ、やっぱりあのハンサムな人が、シンさんなんだ」
「どれを食べても、おいひい!」
「いやぁ、参加して良かった!」
タイトなスケジュールの中でも、長めに設定された夕食の時間はゆったりと過ぎていくのであった。
☆
「すごい食べっぷりだったな。
初日の行軍は楽だから、食欲は落ちてなかったみたいだね」
新兵達の様子を陰から見ていたリサとルーは、安堵の表情を浮かべている。
新兵の食事の時間は終了しているので、ここにはシンを加えた尉官3人以外は在席していない。
「司令、ルー、なにか食べたいものがあれば用意しますよ。
残ってるメニューも少ないですし」
「白ご飯はまだあるし、焼ビーフンなんて良いんじゃないか?」
「そうですね。シン頼めるかな?
できれば兵舎に詰めているドナさんの分も、用意しておいて欲しいけど」
「ビーフンは短時間にお湯で戻りますから、数分で出来ますよ。
ドナさんの分は別に、お弁当にして夜食と一緒に用意してますから」
「あれっ、魯肉飯の餡はあんまり人気が無かったみたいだね」
しっかりと空になっているカレーの保温鍋と違って、魯肉飯の方は中身が殆ど減っていない。
「いや、カレーもあったから、そっちに流れたんだろう。
たまたま残っていて、ラッキーだな」
厨房でシンがビーフンを炒めている間に、二人は丼に盛り付けた魯肉飯を頬張っている。余ったフライ類や残り物を一緒に食べているのは、まるで上官に残飯整理させているようでシンとしては心苦しいのであるが。
「ルーはシンが作ってくれたご飯を、頻繁に食べれるんだろ?
私なんて年に一回だからな」
「リサさんも打ち合わせと称して、シンに迎えに来て貰えば良いんですよ」
「ああ、なるほど。
その手があったか」
「はい、おまたせしました」
大皿2枚にてんこ盛りした焼きビーフンは、大量の野菜と豚肉が一緒に炒められている。
味付けは生抽を使っているので、シンが得意な本場タイワン風である。
「うわぁ、出来たてのビーフンはやっぱり旨いなぁ」
「それでルー、セーラちゃんの様子はどうだった?」
シンは空いている椅子に腰掛けると、コック帽代わりのベースボールキャップを外す。
「今日の様子だと、体力的には問題無いみたい。
かなり余裕がある感じだったよね」
「明日からは専門分野が入ってくるから、ユウの教育の成果が反映されるかな」
☆
翌日、行軍終了後の格闘技専用フィールド。
本日の訓練の総仕上げは、兵舎のすぐ傍の屋外で行われていた。
普段なら訓練を見学する事も無い、炊事担当のシンも遠巻きに様子を眺めている。
「ラウ!ユウさんからかなりの腕前だと聞いてるよ。
誰か彼女との組手に勝てたら、シンが作った特製デザートをプレゼントするぞ!」
ラウと呼ばれた少女は、上背がある上にまるで総合格闘技のファイターのように全身が分厚い筋肉の鎧に覆われている。ティーンエイジャーの細身のメンバーの中では、ひとりだけオーバーエイジのように見えてしまうのは仕方がない。前日の行軍で彼女の圧倒的なスタミナを見ていた新兵達は、誰も名乗り出ない。
「このままだと彼女がデザートを総取りかな。
マイラ、それで良いかな?」
「……シンの作ってくれた特別なデザートを、簡単に渡す訳には行きませんね。
私がお相手します」
ラウな圧倒的な分厚い体格に比べて、小柄なマイラはまるで大人と子供程の体格差がある。
体重差が物を言う格闘技では、誰が見てもマイラが不利なのは当然であろう。
「お前達、目を見開いて見ておけよ!
始めっ!」
マイラは強烈な打撃技を、肘やふくらはぎを使って防御している。
筋肉を上手に使って衝撃を逃しているが、それだけでは無い『何か特殊な技能』を彼女は持っているようだ。
「防御技術は凄いが、体格差がありすぎるだろう?」
いつの間にか観戦していたシンの横に、リサが立っている。
「ふふふっ。マイラはユウさんの本当の直弟子ですからね。
しっかりと見ていた方が良いですよ」
「打撃を繰り出しているラウが、顔を顰めているな」
「マイラの防御力は、対戦車ライフルも防げますからね」
マイラはパンチを繰り出したラウの腕に飛びつくと、一瞬にしてテイクダウンを奪っている。
ラウはグラウンドで体勢を変えようとするが、上腕をがっちりと決めたマイラを振りほどく事が出来ない。
乾いた骨が折れた音とともにラウが戦意を喪失すると、マイラが何事も無かったように軽快に立ち上がる。
「校長、お願いします」
「うわっ、一瞬で決まったな。
切り返しが高度過ぎて、新兵達には見えてなかったろう」
「こらっマイラ、私が居るのを分かってて折っただろう?」
いつものファンキーなTシャツ姿の校長は、マイラに冗談めかして声を掛ける。
「だって、校長が居ればすぐに直して貰えるでしょう?」
「あの……私は病院行きですか?」
患部を校長に触診されながら、立ち上がれないラウは校長に尋ねる。
動揺を見せないのは、怪我に慣れているからであろう。
「いや、綺麗に折れてるからすぐにくっつくよ。
残りのブートキャンプはそのまま参加できるけど、組み手だけは暫く我慢してね」
「はぁ良かった。DORしたら、母さんから怒られちゃう!」
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「シンは結果を予想してたのか?」
遠目で見学していたリサは、やれやれという表情である。
「そりゃ、マイラは幼女の頃から知ってますからね。
今や体術オンリーで彼女に適うメンバーは、新兵以外にもそう居ない筈ですよ」
「彼女は、見掛けと中身が違う典型だな。
シンの親衛隊は層が厚いな」
「あの……誤解を招くので、そういう発言はご遠慮いただけると助かります」
「ははは。新兵達の前では、黙っておくよ」
「……」
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