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028.What Is A Friend

「シンやユウさんが作る食事も美味しいけど、フウさんのも美味しいね」


 アラスカベースへ同行しなかったルーは、Tokyoオフィスでフウの作った夕食をご馳走になっていた。

 ニホン語の学習以外にも、姉と慕うマリーが居るのでルーはTokyoオフィスに滞在している時間が長い。

 ルーの横では、大量のライスを盛り付けたビーフストロガノフをマリーが掻き込んでいる。

 大量のサワークリームを使ったそのメニューは、ニホンで一般的に知られているストロガノフと違ってホワイトシチューのような明るいソースの色をしている。

 カツカレーほどでは無いが、このメニューもしっかりとマリーのお気に入りらしい。


「そりゃぁ、ボルシチとかベフストロガノフは二人のレパートリーにはないからな」


「ペリメニ……いや『焼き餃子』も本当に美味しかったけど、ロシア料理は食べ慣れてるからほっとするんだ。

 このニシンと野菜が色々入ったサラダなんて、随分と久しぶりに食べた気がする。

 フウさんはロシアに住んでたことがあるの?」


「ああ、すごい昔だけどな。

 ルーの育ての親は、ロシアの人だったのかい?」


「うん。

 フウさんは、シンの近い親戚なの?」


「ああ、甥っ子にあたるのかな。あいつが10才の頃からずっと一緒だよ。

 それで、ルーはシンとは仲良くなれたのかな?」


「うん。友達にはなれたと思う。

 ステディなガールフレンドになるには、ちょっと競争相手が多すぎるかな」


「ああ、それは先が長いから焦る必要はないさ。

 それよりまずルーにはシンの相棒として、お互いに背中を預けられるような関係を築いてほしいな」



                 ☆



 ナリタ空港では介助犬として登録されているシリウスの通関に手間取ったが、タクシーに乗った一行は無事にTokyoオフィスに到着した。

 もちろんニホンに来るのは初めての、フェルマも同行している。

 彼女の引越しの荷物は帰路便に載っていたが、Tokyoオフィスには短期の滞在予定なのでとりあえずナリタの保管倉庫に留め置きにするそうである。

 Tokyoオフィスのメンバーがいつものように寛いでいるリビングに、シン一行はフェルマを伴って入っていく。


「ただ今戻りました」


「おかえり!」

 一週間ぶりに顔を合わせるシンに、ルーが笑顔で挨拶を返す。


「暫くお世話になります」

 フェルマは堅い口調の米帝語で、フウに着任の挨拶を行う。

 シンの印象では物怖じしないフランクな人柄だと思っていたのだが、フウに対する緊張した様子には何か理由があるのだろうか?

 

「ああ、いきなり研究所に行ってナナに任せると、大変なことになりそうだからな。

 引越し先が決まるまで、ゆっくりとニホンに慣れてもらえば良いと思うよ。

 最近ニホン語を覚えたばかりの、ルーも身近に居ることだし」


 フウが米帝語で答えたので、続く会話はすべて米帝語で行われている。

 支局の所在地の現地語が公用語というCongohの規則は、あくまでも円滑なコミュニケーションのためであり杓子定規に適用されるものでは無い。


「あれっ、ピートがあんな処に?」

 シンがリビングの端にあるアイスクリームメーカーに乗っている黒猫を見て、怪訝な声を上げる。


「ああ、初対面のフェルマが居るからだろうな」

 ピートが外来者に対してこれだけ警戒するのは珍しいが、シン達が理解できない理由でもあるのだろうか?


「ユウさんは外出中ですか?」


「ああ、最近はオーサカに打ち合わせで行くことも多くてね」



 挨拶の後フウがフェルマを連れてリビングを出ようとしたタイミングで、両手に大きな荷物を抱えてユウが戻ってきた。

 フェルマがTokyoオフィスに来るのは事前に知っていた様で、リビングで顔を合わせてもユウは特別驚いたりもしていない。

「ああ、シン君、エイミー、おかえり」

 

「ユウさん、なんか香ばしい匂いがしますね」


「ああ、犬塚の料理長がお勧めのタコ焼きを、大量テイクアウトしてきたから。

 SID、マリーを呼んでくれる?」


「フウさん、いちおう先方が生産ラインを用意してくれる事で話がまとまりました」


「それは良かったな」


「なんか話が予想外の方向に向かっていて、同じレシピを使って新製品として売り出したい意向があるみたいなんですよ。

 その場合はこちらの提供価格を、大幅に勉強してもらえるみたいで」


「それは面白そうな話だな。

 ちょっとフェルマに建物を案内してくるから、詳しい話は後で」


「はい。たこ焼きは残しておきますね」


「シン、これは何という食べ物ですか?」

 エイミーが発泡スチロールの容器を広げながら尋ねてくる。


「ああ、大阪名物のたこ焼きという昔ながらの和風ファストフードみたいなものかな。

 うわっ、まだ出来たての熱々だね。

 この爪楊枝で食べるんだ。熱いから口の中を火傷しないように気を付けて!」


「はい、いただきます。

 ……外がカリカリで、中身はトロンとしてるんですね!香ばしくて初めて食べる味です!」


 リビングに漸く現れたマリーは、たこ焼きを次々と頬張りながら幸せな表情をしている。

 フードコートでは全国チェーン店のたこ焼きを良く食べているが、やはり本場の味は格別の様である。

 ルーは特にタコという食材に対して忌避感は無いようで、熱いたこ焼きを冷ましながら興味深そうに食べている。


 ⁎⁎⁎⁎⁎⁎


「ああシンちょっと先の予定なんだが。

 長期休暇に入ったらルーはハワイに飛行訓練に行くことになっているが、お前達はどうする?」


 リビングに戻ってきたフウが、たこ焼きを頬張っているシンに尋ねる。

 フェルマは同行していないので、割り当てられた部屋に居るのだろう。


「暫くはおとな……」


「ハワイって、南の島ですよね!」

 シンの発言に食い気味に、エイミーが言葉を発する。


「……えっと、僕たちももちろん同行しますよ。

 トーコは後で聞いてみますが、エイミーとシリウスが同行するなら嫌とは言わないと思います」


 シンはエイミーの期待感に満ちた表情を見て、すぐに発言を訂正する。



「じゃぁお前も飛行機嫌いを克服できたから、一緒にレシプロの操縦訓練を受けて貰おうか」


「えっ、必要ないんじゃないですか?」


「いや、お前の場合は自前の重力制御と関連してくるからな。

 セスナでフライト出来れば、それは無駄にはならない筈だ」


「……気が進みませんが」


「それにお前が訓練機に同乗してると、いざという時に大きな保険になるからな。

 まぁ教官はレイだから、その心配は杞憂かと思うがな」



                 ☆



 SIDに在宅を確認した後、シンはギターケースを片手にレイの私室に来ていた。

「レイさん、失礼します」

 

「ああ、シン君おかえり」

 大型のワイドモニターを見ながら、喧しいメカニカル・キーボードを高速で叩いていたレイは回転椅子をぐるりと回してシンに声を掛ける。


「持ってきましたよ」


「コンディションはどうだった?」

 レイは年期が入ったブラウンケースをちらりと見ただけで、中身を確認する事も無く尋ねてくる。


「ちょっと弦高が辛いですけど、それ以外は問題無いと思います。

 実に良い音してますね」


「じゃぁそのまま使っててくれるかな?」


「こんな貴重なギター……僕には勿体ないような」


「そんな恐縮するほど高価では無いから安心して。

 そうだ一回マツさんの処で調整して貰えるように、僕から連絡しておくよ」


「はい。お願いします。

 それでハワイの件なんですけど」


「ああ、米帝の教官資格を持ってるメンバーはこの拠点では僕だけだからね。

 あのルーっていう子にも興味があるし」


「興味ですか?」


「いや、長年フライトスクールとかに関わって来たから、あの子の潜在能力がパイロットとしてどう発揮されるか見てみたいんだよ。

 まぁシン君に対しても同じ興味があるんだけどね」


「??」


「シン君の場合も空間把握能力が突出していて、ユウ君にも劣らない数値だからね」


「……」


「フライト恐怖症が克服できたなら、生まれ持った『適性(ライト・スタッフ)』を無駄にして欲しくないな」


「……わかりました。

 折角のレイさんのアドバイスなんで、トライしてみます!」

 予想外の前向きなシンの一言に、レイの表情が思わず綻んだのであった。

お読みいただきありがとうございます。

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