023.Enough
Tokyoオフィス、リビング。
「ルー、相談があるんだけど?」
「もしかして、ノエルの彼女の事じゃない?」
「そうなんだ。色々と教師役で教えてるんだけど、ちょっと問題があってね」
「へえっ、ユウが泣き言を言うなんて珍しいね」
「私は軍務経験はあるけど、パイロットとしてのそれが殆どだから。
歩兵としての、根っ子の部分を教えるのが難しくてね」
「えっ、ユウは体術にしても、射撃にしてもエキスパートじゃない?」
「射撃に関してはベックを教えてた頃から限界を感じてたんだけど、とどのつまり優しくなっちゃうんだよね」
「でもエイミーには、かなり上手に教えてたじゃない?」
「ほら彼女には、精神面で何も教える必要がなかったから。
逆にセーラに必要なのは、歩兵としての基本的な心得だから」
「それじゃ手始めに、次回のブートキャンプに参加させるとかはどうかな」
「やっぱりそう思う?
基本的な銃器の扱いは問題無いから、参加資格は満たしてるとは思うんだけど」
「それじゃ(保護者の)ノエルには、私から確認を取っておくね」
☆
ノエルの自宅リビング。
「へえっ、ルーと一緒に飲めるなんて久しぶりだよね」
年齢的にはルーの方が上だが、初対面から姉弟のように接していた二人には垣根は無い。
それに二人は子供の頃のバックボーンがとても似ているので、お互いを理解するのに時間が掛からなかったのである。
「ほら普段セーラと顔を合わせる機会も少ないし、たまには良いかと思ってさ」
「ルーは、マリーさんとソックリ」
「商店街では、ノエルと三人で姉妹と言われてたからね」
「納得!
やっぱりルーは、ノエルととっても近い」
人付き合いが苦手なセーラにとって、同じ雰囲気を持っているルーは安心できる対象なのであろう。
「ノエル、セーラをブートキャンプに招待して良いかな?」
「ああ、それは彼女自身に決めて貰った方が良いね」
「ぶーときゃんぷって何?」
「義勇軍の新兵向けの研修だよ。
これが終了すると、晴れて二等兵として認められるんだ」
「ふぅ〜ん」
「ルーが担当になってから、クルーシブルが厳しくなったと聞いてるんだけど?」
ノエルがルーに対して、悪戯を仕掛けるような含み笑いをしている。
彼も既に将官としての教育を受けているので、噂が漏れ聞こえて来るのであろう。
「確かに。でもしっかり躾けられてる子ばかりだから、厳しいって言っても大したことないよ。
それに、ずうっとシンが炊事兵だから、ブートキャンプは食事が美味しいって評判になってね」
「アイさんは、ルーの事をいつも褒めてるよ。
シンのガールフレンドの中じゃ、兵隊として最も優秀だって」
「まぁパイロットとしての腕前は、ユウさんには絶対に敵わないけどね」
「へえっ、ルーの中ではユウさんもシンさんのガールフレンド枠に入ってるんだ」
「まぁ姉弟という方が相応しいとは思うけどね」
☆
数日後、アリゾナベース。
「Fall In!!」
シン以外すべて女性で占められた参加メンバーが、ルーの号令で整列する。
アリゾナにある基地であるから、Conogohの規定により公用語はもちろん米帝語である。
総勢は10名に満たない人数でセーラと同世代のメンバーが揃っているが、直接の面識があるのは数名である。
「これが映画ならばブートキャンプの常としてお前たちを罵倒するシーンが入る処だが、生憎と我が義勇軍にはそんな『伝統芸』を見せる余裕が無い。
お前たちが、人としての常識と良心を持っているものとして訓練を開始する」
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ブートキャンプ用の兵舎。
「あなたが参加するとは、予想外だったわ」
慌ただしく野戦服に着替えている最中、ハワイベースで既に顔見知りになっていたエリーが呟く。
「ん、宜しく」
もともと短めだったセーラの髪型は、さらに短くボーイッシュにカットされている。
「マイラはどうして?
音楽に力を入れてるんじゃないの?」
「私はプロメテウスに恩義がある。
義務は積極的に果たすべき」
マイラの髪型は、Tokyoオフィス標準のショートボブである。フライトヘルメットを被る機会が多いメンバーは、何故か同じ髪型になる傾向があるのかも知れない。
「ふぅ〜ん」
エリーのバッサリと短くカットしたピクシーカットは、彼女お気に入りのいつもの髪型である。
「ほら急ごう、集合時間まであまり時間が無い」
マイラの表情は普段の柔らかい微笑みとは違って、凛々しく見えるのであった。
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アリゾナベースの厨房。
まだ午前中の早い時間であるが、シンはすでに夕食の準備をしている。
昼食は行軍の最中にレーションで済ませるので、準備の必要は無い。
「リサさん、教導はルーに任せっきりなんですね」
「まぁ司令官がブートキャンプにあまり顔を出すと、威厳が無くなるからね」
「厨房をお手伝いいただけるのは、とっても助かりますけど」
通常ならシンの助手のポジションはエイミーだが、彼女は欧州に出張しているので此処には居ない。
マイラは長年の鍛錬で調理技術は十分であるが、さすがにブートキャンプ中は手伝いするのは不可能である。
「それを言うなら尉官の君に、毎度炊事兵を割り当ててるのは実に申し訳無いんだよね。
アイさんからも別の人間をアサインするように言われてるんだけど、評判が良すぎてね」
大量の白米を研ぐ手付きは、普段料理をしている手際の良さが感じられる。
「経験を積んで事前準備もしっかりとするようになりましたから、僕としても若い子達と触れ合える貴重な機会なんですよね」
「最近の参加者は、食べ物の嗜好が変わって来てるのかな?」
「そうですね。ニホン食に知識がある子が増えたんで、こちらとしては楽ですね。
シンは寸胴に、冷凍されていた犬塚謹製のカレールーを続けて投入している。
無理やり加熱して解凍するより、時間をかけて自然解凍させるのであろう。
「それでノエル君の彼女は、耐えられそうかな?」
「僕も顔見知り程度ですけど、ここ数ヶ月でだいぶ身体も出来てきたみたいですよ。
体力的には問題無いレベルですね」
シンは保温バットに入れるメニューから先に調理を始めている。
ハンバーグステーキやもち粉チキンは、多少冷めても美味しく食べられるからである。
「そうなると課題は、集団生活に対する適応力になるかな」
「欧州の寄宿舎ではうまく行かなかったみたいですから、本人も挽回の機会だと思ってるみたいですよ」
「まぁTokyoオフィスのメンバーに可愛がられてるみたいだし、心配はしてないけどね」
「クルーシブルは米帝の海兵隊に近くなってますから、それだけが問題ですかね」
「ああ、ルーのお陰でだいぶ軍事教練らしくなってるからな。
今のところDORはゼロだけど、彼女が最初になるのは勘弁して欲しいな」
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