022.Celebrate
「ノエルどうしたの?」
「ほらトーコとリッキーにお土産を買わないとね」
「えっ、自販機でモツ煮を売ってるの?
珍しい!」
「この自販機は閉店してから動くみたいだよ。
あっちの窓口で買えるみたいだね。すいません!」
☆
夜半、ノエルの自宅リビング。
「ねぇ、ユウさんから聞いたんだけど」
セーラはいつものように、ノエルの飲みかけの瓶ビールを口にしている。
IPAで度数が高いノエル好みのビールは、セーラが飲みすぎると確実に酔ってしまうだろう。
「もしかして食べ物の話?」
ノエルは度数が低い缶ビールを冷蔵庫から取り出すと、セーラの目の前の瓶ビールと交換する。
同じIPAタイプのビールだが、フルーティーで飲みやすいタイプである。
「うん。
『もつ焼き屋さん』は、いろんな臓物料理が食べられるんだって?」
「そうだね。部位にそれぞれ俗称があって、串に刺して提供されるんだ。
この間のもつ煮で、美味しさに目覚めちゃった?」
ノエルはオワフで手に入れたナッツ缶を、セーラの前に置く。
「うん。
でもあの美味しいもつ煮と違って、固くて臭いのは嫌なんだけど」
もしかして彼女は、欧州で食べたモツ煮料理で嫌な思い出があるのかも知れない。
「良い店は、卸肉市場から仕入れた新鮮なモツで調理してるからね。
あと下処理もちゃんとされてるから、臭みも無いし安心してを食べられるんだ」
「それなら、ぜひ行ってみたい!」
セーラはカシューナッツを噛み砕きながら、とても乗り気である。
「分かった、ユウさんに良い店を教えて貰って行ってみようか」
「とっても楽しみ!」
⁎⁎⁎⁎⁎⁎
ユウから教えられた店での待ち合わせは、大人数を予想していたノエルを驚かせた。
「あれっ、同行者はマイラだけなんですか?」
夕方の開店直後なので、客席にはまだ誰も居ない。
4人掛けの席に案内された一行は、写真も使われた綺麗なメニューを広げる。
「モツ焼きっていうだけで、敬遠してるメンバーも居てね。
トーコはすごく来たがってたんだけど、他の仕事が立て込んでて」
「マリー姐さんやルーがこの場に居ないのは、不思議ですよね」
「ほら、もつ焼き屋さんって、ご飯メニューが焼きおにぎり位しかないでしょ?
商店街の焼き鳥屋さんみたいに、名物の親子丼があれば喜んで来たんだろうけど」
「あそこもとっても美味しいけど、豚モツのメニューは無かったですよね」
「お姉さん、飲み物は生ホッピー3つと、烏龍茶1つでお願いします。
あと最初のつまみは、豚串と鶏串を全種類4本づつで」
大雑把ではあるが、ユウは店員さんとは知己のようで特に注文内容は問題無いようである。
「マイラは、すごい健啖家になったんだね」
「???」
ニホン語の日常会話には全く問題が無いマイラだが、『ケンタンカ』の意味がわからず首を傾げている。
「健啖家なんて言葉を使えるなんて、ノエル君のニホン語はネイティブレベルかも。
私の教え子の中では、好き嫌いが無くて何でも美味しく食べるのがマイラだから」
バロットの件を知っているノエルは、好き嫌いの話題については深く納得しているようだ。ニホンの食文化に馴染んだノエルは生卵も普通に食べられるが、今でもバロットを美味しく食べられる自信は持っていないのである。
「ユウが勧めてくれるメニューは、どれも美味しいから!」
「それじゃ乾杯!」
「こらセーラ、アルコールが入ってるジョッキと取り替えちゃ駄目でしょ?」
ノエルのジョッキが、セーラの早業でグラスの烏龍茶といつの間にかチェンジされている。
「これ生ビールより、美味しい!」
「まぁビールは学園生ならオッケーだから、そこまで煩く言わなくても大丈夫じゃない」
学園では教師役でもあるユウがお墨付きを与えたので、ノエルはこれ以上追求するつもりは無いようだ。
「おねえさん、バイスサワーを一つ追加で」
串の大皿を配膳してくれた店員さんに、ノエルは代わりの飲み物を追加オーダーする。
セーラがジョッキを手にしているのを店員さんが咎める様子が無いのは、彼女が未成年には見えないからであろう。
「へえっ、モツに合う飲み物をノエル君分かってるね」
食べ始めたセーラは、豚串を満遍無く横ぐわえしている。
串から外して食べていないのは、同席しているユウやマイラの食べ方に倣っているのであろう。
「特に好きなのはあるかな?」
ユウが尋ねたのは彼女の嗜好を理解しておく為であり、深い意味は無い。
「どれも美味しい!
あとしっかり噛みしめると、旨味が強くなる気がする」
「モツは本当に命をいただいてる気がするからね」
皆が手を付けていない鶏串を中心に食べているノエルは、とても満足そうな表情である。
焼き立ての砂肝やぼんじりは、肉質も張りがあってチェーン店の居酒屋では到底味わえない旨さである。
「それじゃ網焼きホルモン3人前と、刺盛り2人前を追加で」
「あとポテトサラダと焼きおにぎりも追加で!」
マイラが絶妙のタイミングで追加オーダーを入れる。
「ノエル君は、皆が手を付けないメニューを食べるんだね」
「うちの母が食べ残しに煩い人だったので、身についてしまった習慣ですかね。
部隊全員で食事をしてる時は、僕が残り物担当だったんですよ」
すぐに配膳された見た目に癖がある刺盛りを、ノエルは酢味噌を付けて美味しそうに頬張っている。
手もとだけ見ていると、その嗜好は年期が入った飲兵衛にしか見えないであろう。
「……ママンも食べ残しには煩かった」
「セーラが寄宿舎で体調を崩したのは、食べ残し出来なかった食事が原因でしょ?」
「うん。ノエルが来てくれなかったら、餓死してたかも」
「うわっ、これ美味しい!」
ユウが焼いてくれた牛ホルモンを口にしたマイラが、感嘆の声を上げる。
「これは牛の小腸を、美味しく食べるためのメニューなんだよ」
「それって、脂っぽいの?」
網焼きを敬遠していたセーラだが、ユウが焼いてくれた取皿から恐る恐る口に頬張ると途端に表情が変わる。
「!!!」
「和牛の小腸は、特別な美味しさだよね」
「これは間違いなく癖になる!」
いつの間にかノエルの注文したバイスサワーを口にしていたセーラは、とても満足気な表情を浮かべていたのであった。
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