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020.Fresh Start

 食後のリビング。


Enseignant(師匠)、教えて」

 ユウにドリップして貰ったラテを片手に、セーラが普段は見せない真剣な表情をしている。


「あれれ、いつから私はEnseignant(師匠)呼ばわりされるようになったの?

 名前で呼んでくれれば良いのに」

 ユウはシンプルなエスプレッソに、ブラウンシュガーの小袋を投入している。

 フウの習慣に感化された訳では無いが、此処に設置されている大型マシンなら苦味ばかりが立ちそうな深煎のエスプレッソも美味しくドリップが可能なのである。


「……此処の人達は、どうしてExpert(達人)ばかりなの?

 ノエルやアンは、私と歳も違わないのに」


「う〜ん、それはやっぱり幼少時からの積み重ねかな。

 私も物心付いた時には、包丁を握っていたしね」


「師匠が料理の達人なのは、やっぱり長年の頑張りのお陰だと理解した。

 やっぱりノエルも、そうやって生きてきたの?」


「私に限らず食事はメトセラにとっても大事だから、真っ先に自分の子供に調理技術を伝える母親が多いかな。そうか、セーラちゃんの母君は、コミュニティーから離れて育った貴方に『教育』をしなかったんだ」


「教育って?」


「セーラちゃんは、母君と仲良しだったのかな?」


「うん。優しく何でも教えてくれた!」


「メトセラのコミュニティーだと、それはかなり珍しい事なんだ」


「???」


「母親は子供が立ち歩き出来た瞬間から、試練を与え続けるのが普通だから」


「……私には、良く分からない」


「自壊せずに長く生き続けるのには、何が必要だと思う?」


「ジカイって?」


「Autodestruction」


「う〜ん、強い心?」


「その通り。まぁ身近な人を見ていれば、納得できると思うけどね」


「確かにノエルは、何時でも何処でも落ち着いている。

 そんなに違う人生を歩んで来たようには、見えないけど」


「それは機会があったら、本人に直接聞いてみると良いかな。

 セーラちゃんにはかなり打ち解けているようだから、本音を喋るのを嫌がらないと思うよ」



                 ☆



 数日後、青い看板の立ち食い蕎麦店。

 何故かセーラはこのチェーン店のカツ丼が、長崎庵と同じくらいお気に入りである。


「ノエル、死にそうになった事はある?」

 何時ものジャンボカツ丼を頬張りながらのセーラの一言は、立ち食い蕎麦屋にそぐわないヘヴィーな内容である。


「う〜ん、自分が記憶している限りでは、死んだ事はないかな」

 セットのカツカレーを食べながら、ノエルは冗談めいた口調で返答する。

 ニホン国内で提供されているカレーは、店を選ばずに一定の水準を満たしている本当に国民的なメニューなのである。


「もう……あとでもう一回聞かせて」

 ノエルの返答に鼻白んだ表情のセーラだが、立ち食い蕎麦の店内でこれ以上口論する気は無いようだ。


「ユウさんに何か言われたのかな?」


「……あとで」

 米粒ひとつ残さずに完食したセーラは、追加のカツ丼を注文するため券売機へ向かったのであった。


 ⁎⁎⁎⁎⁎⁎



 夜半ノエルの自宅のリビング。

 缶チューハイを口にしながら、セーラは中断していた昼間の会話を続ける。


「ねぇ、真面目に聞きたいの。

 ノエルは死にそうな目に遭った事はある?」


「死んでしまったら、今此処には居ないでしょ?

 生き延びて来たから、セーラにも会えたし」

 

「……グランパはノエルの事を、いつでも褒めてる。

 年不相応?の経験をしてるって」


「司令は何度も死線をくぐって来た経験があるから、分かるんだろうね」


「傭兵部隊の生活って、どんなものなの?」


「どんな環境で育ったかは色んな人に聞かれるけど、それは答え難い質問なんだよね。政情が不安定な場所では周りの人たちがどんどん死んでいくけど、僕の母さんに率いられたチームでは任務中は誰も死なないのが当たり前だったから」


「学校に通った経験は?」


「勿論あるよ。

 パリ市内のリセを、飛び級を繰り返してちゃんと卒業してるからね」


「師匠は私は甘やかされて育ったから、心の鍛錬が足りないって。

 ノエルもそう思う?」


「それはユウさんが言ってる通りじゃないかな。

 セーラは絶体絶命の状況を経験した事が無いし、自分自身でそれを挽回する能力も持っていないでしょ」


「……うん」


「自分自身の事は良く分からないけど、僕の知っている雫谷の学園生でも『試練』を経験した子はその度に大きく成長しているからね」


「決めた!

 経験値を増やすためにも、私はノエルと一緒にどこへでも行く!

 漠然としたパートナーじゃなくて、いつでもノエルを補佐できる片腕になる!」


「別に甘やかすつもりは無いけど、今のままだと単なる足手纏(あしでまとい)だと思うよ。

 本当に決心したなら、新兵教育から初めてかなり長い期間を頑張らないと」


「Certainement!」


「それじゃ、セーラの決意に敬意を表して」

 ノエルは手にしていた黒いラベルのビールを、セーラの前に掲げる。


「ノエルは反対するかと思ってた」


「まさか。ただし僕の横に立つには、かなりの努力が必要になると思うよ。

 それにユウさん以外にも、大勢の人に教えを受けないとね」


「うん。頑張る!」

 ここでノエルに見せたセーラの凛々しい表情は、写真で見せて貰った彼女の母親ととても良く似ていたのであった。

お読みいただきありがとうございます。

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