018.Better Way to Live
数週間後。
自衛大臣を退任したセーラの祖父を歓待するために、一行はハワイベースに来ていた。
ちなみにナリタからの移動手段は、民間機では無くユウが操縦したワコー・ジェットである。
巨大なリゾート施設のようなハワイベースではあるが、元戦闘機パイロットであるセーラの祖父がハンガーに駐機している特徴的な機体に気が付かない訳は無い。
「ああ、ずいぶんと懐かしい機体だね。
実物を目にするのは、米帝海軍に研修で行っていた以来かな」
「スカイホークは名機ですけど、さすがにパーツが手に入らないので義勇軍でも飛行可能なのはこれ1機だけみたいです。着艦訓練を同じ機体で体験されたと伺っていますけど?」
敷地内を案内していたユウが、司令に応える。彼は老練な政治家であるだけでは無く、沢山の逸話を持っている伝説級のパイロットでもある。
「ああ、とっても操縦しやすい機体だった覚えがあるよ」
「司令、久しぶりにスティックを握ってみますか?」
「ユウ君、オワフではヒッカムとの兼ね合いで空域制限があると聞いてるんだが?」
「今日はめずらしく、義勇軍が空域を優先使用できる日なんですよ」
「ほうっ。
でも民間人の私がファイタージェットに乗ったのが分かると、厄介な事にならないかな」
「ここはプロメテウス領土なんで治外法権ですよ。
あとカーメリの基地司令から、これを預かっています」
「名前が入ったGスーツとウイングマークか。
あそこの美人な基地司令は、まだ変わっていないのかな?」
「ゾーイさんは司令の事をご存知みたいで、このGスーツも事前に用意してあったみたいですよ」
「へえっグランパ、モテモテだね」
二人の会話に突如割り込んだセーラは、満面の笑みを浮かべていたのであった。
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スカイホーク機内。
「I have Control」
後席に座ったノエルが、司令の様子を見て操縦を肩代わりする。
どうやら司令は、ブラックアウトで一瞬視覚を失ったようである。
後席のノエルは失速寸前の態勢を立て直し、スムースに水平飛行に移行する。
「……ああ、ノエル君助かったよ」
「ご気分は如何ですか?」
「視界は大丈夫。単なるブラックアウトで済んだみたいだ」
「司令、もう一度チャレンジしますか?」
ノエルは外部通信に声が乗らないように、インカムの回線を切り替えている。
司令のプライドに考慮して、管制に居るユウに聞かれないように配慮しているのであろう。
「いや、事前準備無しでコンバット・フライトをするのはやはり無謀だったみたいだ。
このまま着陸を任せて良いかな?」
「了解」
「司令、如何でした?」
滑走路に出迎えたユウは、しっかりとした足取りの司令に安堵した表情である。
機内の会話はカットされていたが、操縦席の様子はしっかりとSIDにモニターされていたのである。
「いやぁ、ノエル君のお陰で助かったよ。
セーラ共々、命の恩人だね」
強がりを見せる事も無く、司令は反省の弁を述べる。
実直で誠実な人柄は、ユウを含めた多くの隊員達に慕われていた昔と全く変わっていない。
「ナリタを出発する前の健康診断の結果が良好だったので、こちらもちょっと油断してました。それに義勇軍の標準機体であるF−16は、Auto−GCASが標準装備ですから」
「いや単座のF−16をいきなり操縦は出来ないと思うよ。
それに楽しみは後に取っておきたいな」
「司令、トレーニングルームは、ほぼ全員が毎朝使ってますからいつでも参加できますよ」
「なるほど。
義勇軍兵隊の戦闘力は、持って生まれた能力だけじゃないって事かな」
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午後のリビング。
リモートの健康診断を受けた司令は、特に異常はなかったのでソファでマグカップを片手にリラックスしている。対面のソファでは、ユウが端末を使って事務処理中である。
「ノエル?」
「ん」
「lci?」
「そうそう」
リビングのテーブルで自習しているセーラに、並んで座ったノエルが横から助言しているようだ。
ハワイベースに来てから繰り返されている、見慣れた光景である。
「ユウ君?」
「はい、何でしょうか」
「あの二人は、いつもあんな感じなのかな?」
「ああ、息もピッタリですよね」
「……」
「まるで長年連れ添った老夫婦みたいですよね」
「うん。言い得て妙だね」
「相性ですかね。セーラちゃんはノエル君と一緒に居る時が、一番リラックスしているように見えますね」
「ノエル君はまだ学園に所属しているんだよね?」
「大学に進むのはまだ考えていないみたいですけど、士官教育は空いている時間で進んでいますね。
現状は少尉ですけど、彼は兵站とか後方支援に才能があるみたいです」
「あれだけの戦闘スキルと、操縦する腕前があるのに?」
「彼は義勇軍の兵隊としては『戦略兵器指定』されていませんし、私と同じ通常戦力ですね」
「そうか。
プロメテウスという国家が特別だというのは理解していたが、目の当たりにすると驚きの連続だな」
「彼は欧州の紛争地帯で育ちましたから、戦闘スキルより動じない平常心が凄いんですよ。
見掛けと中身のギャップは、Tokyoオフィスの武官の中でもナンバーワンでしょうね」
「彼の両親はどういう人達だったのかな?
一度お目に掛かりたかったね」
「父親はわかりませんが、母君は軍人として凄い人でしたね。
彼は生まれ育った傭兵のコミュニティに高額な退職金を配布しましたが、それも母君の遺言だったと聞いています」
「見た目と違って、生活能力が高いんだな。
彼ならセーラを任せても、大丈夫そうだね」
「ええ。同感です」
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