015.Stolen
セタガヤの高級住宅地。
富裕層が多数入居している高級マンションに、ユウはノエルを伴って来ていた。
国内の護衛業務は本来ならば義勇軍の担当では無いが、傭兵による強行手段を防ぐには腕利きのSP達であっても荷が重いのは明らかである。
いつの間にか移動車の後席にシリウスが収まっていたのは、エイミー直々の指示なのであろう。
ユウやノエルは普段からシリウスとは仲良しであるが、シンやエイミーと違って彼女を使役できる立場に無いのである。
訪問先の上層階の部屋は、玄関前にSPが配置されていてかなり厳重な警備体制である。リビングに通された二人は、入室前に女性SPによるセキュリティチェックを受けている。
「この子は?」
リードに繋がれた中型犬を見て、担当SPは怪訝な表情をしている。
二人の来客は大臣の予定に入っていたが、ペット?連れというのは聞いていなかったのであろう。
「市街地の護衛では、この子は義勇軍のエースなんです」
「軍用犬なんですか?」
「そうです。
ライフルによる狙撃とか、爆弾テロでもこの子が居れば万全ですよ」
「バウッ!」
「……まさか、冗談ですよね?」
「確か大臣は犬好きですよね?
連れて入室して良いか、聞いて貰えますか?」
「はぁ……暫くお待ち下さい」
「司令、お久しぶりです」
ユウは大臣に、わざわざ懐かしい肩書で呼び掛ける。
同席している女性SPは、ユウの親密そうな挨拶と笑顔で緩んだ大臣の表情に驚いているようだ。
同席しているシリウスはおすわりの姿勢で微動だにしていないが、なぜか両耳だけはレーダーのようにピクピクと動いている。
「おおっ三尉、いやユウ君、君は全く変わらないなぁ。
空防を辞めた後も、ウイングマークは手放していないんだって?」
強面がトレードマークの大臣が、満面の笑みで言葉を返している。
「はい。母から貰った国籍のお陰で、今は大尉を拝命しています」
「あいつも、娘の君がスティックを手放さないでくれて、喜んでるだろうな」
「今日は国内警護の協力要員として、駐在武官と『助っ人』を連れてきました。
お孫さんの脱出については『彼』が主戦力として活躍しましたので、引き続き国内の警護もお手伝いします」
「それで、セーラの様子はどうかな?
窮屈な思いをしていなければ、別に良いんだが」
大臣はノエルと初対面なので、流暢な英語で彼に話し掛ける。
「大使館でお預かりしてますから、環境は問題無いと思います。
日々ニホン食を堪能しているので、体重も戻ってきてとても元気です」
ノエルは普段使いの流暢なニホン語で返答する。
同席していたSPは、ユウの挨拶と違って驚いた表情を全く隠せていない。
駐在武官というのはいかにも軍属という雰囲気を持った人材だと思いこんでいたが、二人はまるでモデルと見紛うような雰囲気をしているからである。もちろんSPの彼女は、ユウの性別を判別出来ていないのは当然である。
「ただし……心配事が皆無では無いんですけどね」
ここでユウが、追加で説明を加えている。
「それは、唯一の肉親としてはぜひ聞いておきたいな」
「ニホンに戻って来て安心しているのか、口数が極端に少なくなって。
まぁ今滞在しているTokyoオフィスでは、皆慣れているんで問題無いんですが」
「ニホン語を使うのが久しぶりだからかな。孫が面倒を掛けて申し訳無いね」
「いいえ。お孫さんは私達にとっても可愛い妹分ですから、全く面倒だとは思っていませんよ」
Tokyoオフィスの担当として、今度はユウが笑顔で返答する。
「ノエル君と言ったね。
君はたおやかな見掛けと違って、実戦経験が豊富だとか」
「自慢すべき経歴は皆無ですが、何とか現在でも生き延びています」
「ああ、君の面構えは素晴らしいね。
ユウ君の父君と同じ『戦士の目』をしている」
「ユウさんのお父上も、優秀なパイロットだったと伺っていますが」
「ああ、彼は正真正銘の天才だったからね。
そういえば、プロメテウスにはあの伝説のパイロットがまだ存命だと聞いているけど?」
「レイは表舞台にもう出る事はありませんが、とても元気ですよ。
Tokyoオフィスに居る事も多いので、そのうちお目にかかれるかも知れませんね」
☆
SPの控室で、ノエルは改めて女性SPに自己紹介をしている。
「コイケさん、今日から自分とシリウスも護衛に加わりますので宜しくお願いします。
貴方の直属の上司にも、既に了解をいただいていますので」
「何でそんなにニホン語が上手なんですか?
最初は通訳の方かと思いましたよ」
「ここでの暮らしも長いし、なにより日常会話はニホン語ですから」
「軍人さんなんですよね?護衛業務の経験はあるんですか?」
「ええ。紛争地帯で傭兵を長いことやってましたから」
「もしかして見掛けと年齢が違うとか?」
「いえ。セーラとそう年は変わらないですよ」
「???」
「皆さんのお邪魔にならないように、注意しますので」
ここで控室にユウが入ってくる。
「ノエル君、大臣とシリウスの顔見せが済んだから私は戻るね。
車はここの駐車場に置きっぱなしで大丈夫だって」
「了解です」
「大臣はかなりの犬好きみたいだから、シリウスを気に入ったみたい。
リードは自分で持って移動するって」
「シリウスとの相性が良さそうなので、これで一安心ですね」
「司令官の時代も、基地内の野良猫とかを自分のポケットマネーでお世話してた優しい人だからね」
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