014.Love Moved First
カーメリ基地。
「ノエル、到着したよ」
ゲート近くの駐車場にセダンを停止させたアンが、助手席のノエルに呼びかける。
腕を組んで熟睡していた彼が、まるで電源が入ったようにパチリと目を開ける。
「あれっ、もう?
襲撃はあれ一回だけ?」
ハーネスを外しながら、ノエルは大きく伸びをする。
頬がこけ酷い状態だった体調は、エネルギー補給と睡眠でかなり回復したようである。
「ううん。
途中で妨害が入ったけど、ノエルは熟睡してて起きなかったから」
後部座席からアスカロンを取り上げたアンは、スタンバイ状態の電源をオフにする。
「あちゃ〜。
アンの運転だから、安心して目が覚めなかったのかな」
「追手はロケットランチャーまで持ち出して来たんだけど、ノエルは起きる様子もなかったし」
「でもアンなら、ミサイルでも着弾を阻止できるよね?」
「テロに遭った経験があるから、それは得意技だけど。
とりあえず途中の様子は、SIDに解析して貰ってるから」
「こちらも一手間掛けたから、何か明確な証拠が出てくると良いんだけどね」
☆
昼食時のTokyoオフィス。
「ノエル、昨日よりもやつれてる?」
ジャンプで一足先に戻ってきたノエルは、セーラの隣席に座っている。
テーブルには、いつものTokyoオフィス昼食時と同じ大皿料理がずらりと並んでいる。
「ヴィルトス使用後の、エナジーメイトの摂取量が足りていない」
弟分について厳しいマリーは、遠慮無い言葉を投げ掛けている。
ちなみにラーメン丼にてんこ盛りしたご飯を食べ続けている彼女は、いつもと変わらない食べっぷりである。
「姐さんの言う通り。
このご馳走を頂戴して、もっと体調を戻さないと」
「ノエルは普段痩せすぎだから、もうちょっと体脂肪率を上げないと駄目」
「ノエル君が短時間でこれだけ体調を崩すなら、私にはあのアスカロンは使えそうにないわ」
エプロン姿で配膳しているユウは射撃に関してはメトセラ随一の腕前であるが、体力を奪い取るアスカロンに対する適正値は残念ながら低いのである。
「ユウさん、食欲が落ちそうなんでその話題は……」
「あっ、ゴメンゴメン」
「そう、ここの料理は最高!」
ここ数日ユウやエイミーが作った食事を堪能しているセーラは、顔色も良く肌がつやつやしている。
「ユウさんとエイミーが一緒に作ってくれた献立は、滅多に食べられないからね」
「ふふっ、ノエルは年を重ねて、お世辞が上手になったみたいですね」
5年の歳月が経過して、エイミーはユウとほぼ同じ背丈になっている。
エプロンの胸元は艶めかしく盛り上がり、彼女はキャスパーと同じナイスバディにしっかりと育っている。
「和風に寄ってる献立が多いけど、セーラちゃんは大丈夫?」
「好物ばかり!
特にお寿司や、お刺身が久しぶりで嬉しい!」
「こうして二人が並んでいるのを拝見すると、セーラさんはノエル君との相性が最高ですね。
末永くお互いを大事にして下さいね」
エイミーの整いすぎた容姿は性別を問わず相手に大きなプレッシャーを感じさせ、相手の目をしっかりと捉える視線はまるで心の奥底を覗かれているような錯覚を与えてしまう。だがセーラに掛けた優しい言葉は、社交辞令では無く彼女の本音と感じられる。
「エイミーは綺麗で、とても良い人」
「保護者としては、ノエルは簡単には渡さないよ」
ミーファは最近美少女のカテゴリーにクラスアップしたが、毒舌がどんどんと酷くなっている。
セーラは自分にとっても親戚筋に当たるので、より遠慮の無い口調になるのであろう。
「むうっ、思ったより小姑が多い」
「ははは。そうは言っても、皆セーラとは血縁だからね」
「???」
メトセラのコミュニティーとは無関係に育った彼女は、状況を飲み込めずに首を傾げている。
だが親族に囲まれている安心感を、本能的に感じているのかも知れない。
「とりあえず大臣の自宅よりも、ここの方が安全かな。
フウさんの指示もあるし、暫くはここに滞在した方が良さそうだね」
「ノエルも此処に住んでるの?」
「いや、僕は近所のタワーマンションが自宅なんだ」
「私、そっちの方が良い!」
「僕は暫く留守がちだから、当面は此処に住んで貰いたいな。
何よりこのメンバーが居れば、軍隊が来ても大丈夫だし」
☆
ノエルは引き続きフウとミーティングをしている。
「国内で実力行使の兆候ですか?」
「欧州での搦手が全て失敗に終わったから、今度はもっと強行な手段に出てくるだろうな」
「まさか国内で銃撃事件とか?」
「脅迫には動じない大臣だから、一昔前の警察庁長官狙撃みたいな事件が起きないとは言い切れないな」
「SID、先日の解析結果は?」
『参加していた要員は、ロシアのPMCから派遣されたメンバーですね。
もしかしてノエルの顔見知りも、居たかもしれません』
「顔見知りっていうか、敵対していたメンバーじゃないかな。
まぁロシア政府からの依頼もあったから、断言は出来ないけどね」
「それからノエル、今後国内ではアスカロンは使うなよ」
「もちろんです。
あれは掃討戦兵器ですから、平時には使うべきじゃないと思います」
「基幹部分は和光技研の先端バルブ技術が使われてるから、露呈すると軍事技術に転用されたと騒ぎになりそうだからな」
「あれが鹵獲されるような事態は起きないと思いますけど、いざとなったら現場で廃棄しますよ」
「う〜ん、それは勘弁して欲しいかな」
「???」
「アスカロンはケラウノスと違って、量産予定が無いからな。
ワンオフの試作品でロールスロイス一台分のコストが掛かってるんだよ」
「えっ、内製じゃないんですか?」
「試作は、付き合いのあるドイツの銃器メーカーだからな。
あの特殊な銃身を見て、気づかなかったかい?」
「ああ、なるほど。
市販の交換バレルを流用したのかと思ってましたよ」
「試作品を作る現場に、ベックが何ヶ月も張り付いて大変だったんだよ」
「なるほど。ヴィルトスを保有していないと試射も出来ませんもんね」
「そういう事」
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