011.Girl of My Dreams
夕食時。
学園長から特別に許可を得た二人は、全校生徒と教師が一同に会する食堂に顔を出していない。
セーラの体調不良の一因は口に合わない食事なので、ノエルが居室の移動と共に学園長に直談判したのである。
更に数日後に雫谷学園へ転校するのを前提に、授業の参加についても免除されている。
もちろんこれらは内部通報者対策でもあるが、セーラのストレスを早急に軽減するための必要な措置なのである。
ダイニングテーブルに並んだ牛丼弁当を前に、セーラは久しぶりのジャンキーな味にご満悦である。
「豚汁も美味しい!やっぱりニホンの料理は好き!」
「ショートプレートの牛肉は脂が多すぎて苦手だけど、このつゆだくのご飯は良いよね」
「どうやって用意したの?
黒魔術?」
「内緒。僕はそのために此処に来てるから。
まず沢山食べて貰って、体力を回復して貰わないと」
「なぜ並盛りだけ、こんなに沢山買ってきたの?」
セーラは、箸休めのお新香を美味しそうに頬張っている。
白菜を使った癖の無い味ではあるが、欧米人が苦手な糀の味にも抵抗感は全く無いようである。
「それはもちろんコスパが一番良いから。
でも栄養バランスはイマイチだから、次回はお新香以外にサラダも一緒に持って来ようかな」
「ノエルはケチ?
もしかしてフランス人なの?」
「母さんは厳しい人だったから、そうかも知れないね。
ニホン暮らしも長いけど、身についている習性は無くならないのかな」
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食後は居室のロングソファに場所を変えて、二人は現状について話をしている。
この寮にはコーヒーマシンはおろかインスタントコーヒーの備蓄も無いので、ノエルがTokyoオフィスから拝借して来た予備のカプセルマシンを使っている。
「久々のコーヒー!」
「ビールが無いのは分かるけど、コーヒーも駄目なんて時代錯誤じゃないかな」
ノエルの発言は雫谷学園を前提としたもので、世間の認識とズレているのを本人は理解していない。
「ところで、私が此処に押し込まれたのは、グランパの所為なの?」
これも寮では禁制になっている既製品のブラウニーを頬張ると、セーラは堪らないという表情を浮かべている。
「そう。お祖父さんは自衛省のトップで、国際的な利権争いに巻き込まれていてね。
出来るだけ見つけ難い場所に、孫娘を避難させたんだろうね」
「???」
「将来戦闘機の共同開発で、ニホンの自衛省は欧州各国と米帝の間で微妙な立場なんだ」
「さっぱり分からない!」
「お祖父さんは僕の同僚の昔の上官で、パイロットしてもかなり有名だったんだよ」
「グランパが、パイロットだったのは知ってる!」
「現職官僚の中でも戦闘機の開発の内情に詳しくて、世界中の航空機メーカーにも影響力が強い稀有な人物なんだ」
「もしかして、パパとママンが事故死したのも?」
「それははっきりとは言えないけど、無関係では無いかも知れないね」
「……ノエルはママンに似てる」
「ああ、たぶん遠い親戚なんじゃないかな。
プロメテウスは女系家族だけの小さな国だから、殆どの国民は親戚関係なんだよね」
「男なのに、なぜこの寮に入れたの?」
「ああ、性別に気がついていたんだ。
残念ながらここに潜入可能なのは、自分だけだったんでね」
「嫌々来たの?」
「それは違う。
プロメテウスは血の絆を大事にするから、同胞を見捨てる事は絶対に無いから」
「そう。私が可愛いからじゃないんだ。
ガッカリ」
真顔で冗談を言い放つ彼女に、ノエルは笑顔を返したのであった。
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授業の出席を免除されたセーラは、空き時間をニホンでの生活について学習をしている。プロメテウスには外惑星居住者向けにこの種の教材は豊富に用意されているので、ノエルが持ち込んだタブレットを見るだけでかなりの学習効果が見込めるのである。
「別にニホン語は出来るから、これは不要なんじゃない?」
「僕が言うのは何だけど、時間は有効に使わないとね。
セーラはニホンに滞在した期間が短いから、生活するのに必要な知識がぜんぜん足りてないと思うよ」
「確かに知らない事ばかりかも。
ニホンではチップが不要なのも、知らなかったし」
「自分で食べ歩きできると、ニホンでの生活が楽しくなるよ。
ニホンは治安が良いから、自由に出歩いても大丈夫だし」
「もしいまこの寮から、ふらりと出ていくとどうなる?」
「まぁ数分の内に誘拐されて、取引の材料にされかねないかな」
「大袈裟!」
「SID、今現在の監視者の数を教えてくれる?」
コミュニケーターに話しかけたノエルの様子を、セーラは不思議な表情で眺めている。
『学園の周辺に10人、校内に2人という所でしょうか』
「うわぁ、日増しに増えてるんじゃない?」
『ええ。彼女の体調が戻り次第、脱出作戦を決行するのをお勧めします。
いつ強硬手段に出てくるか分かりませんので』
「今の声は、ノエルのお仲間?」
「そう。オペレーターとしては、世界一でとっても頼りになるんだ」
「ふぅ〜ん。綺麗な人?」
「うん。でも僕に取っては『母親』とか『姉』みたいな身近過ぎる存在かな」
「そう。それなら良かった」
ノエルの複雑な意味を込めた返答に、何故かセーラは嬉しそうな表情で応えたのであった。
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