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010.Only One

 遡る事6ヶ月前のTokyoオフィス。


 フウを前にして、珍しくノエルは不満げな表情をしている。

 幼少時より軍隊式の上下関係に慣れている彼が、こういう態度を取るのは珍しい。


「それって、僕じゃなきゃいけませんか?

 アンあたりだと、出来そうな任務かと思うんですが」


 義勇軍の士官教育でカーメリとトーキョーを往復しているノエルは、ここ数ヶ月多忙を極めていた。

 出来るなら長期間拘束される任務は、遠慮させて貰いたいと思っているのだろう。


「アンにも先に打診したんだが、彼女はノエルの方が適任だと言い放ってね。

 それにユウも、ノエルにやって欲しいと直々に言ってるし」


「近接戦闘はアンも得意だと思いますし、もっと言えばユウさんなら僕よりも戦闘力が高いと思いますけど?」

 どうやら護衛の対象が同年代の女性という点が、ノエルを躊躇させている理由なのであろう。


「ユウには悪いが、潜入先が特殊なので彼女だと無理なんだよ」


「???」


「欧州にある寄宿舎が潜入先なんだ。

 最上級生として転入して来たという設定なんで、ノエルが年齢や容姿的にも一番向いているんだ」


 ユウは言うまでも無いがアンも学園を卒業してからかなりの時間が経過しているので、現状ではより成熟した女性にクラスアップをしている。


「ちょっと待って下さい。容姿的ってもしかして?」


「そう。先入先は男子禁制のお嬢様学校なんだよ」


「……」


「本来なら受けつけない案件なんだが、警護対象者がワケありでね」


「???」


「彼女の亡くなった母親が、プロメテウスの国籍を持っているんだ」


「はぁ、それじゃ見ないふりは不可能ですね」


「おまけに依頼者が自衛省の大臣でね、ユウの空防時代からの知り合いなんだ」


「義務と義理のツープラトンですか。

 他に適任と言えそうなのはミーファだけですから、これは僕がやるしか無いですね」


「ああ、ミーファがこういう案件に関わると、碌でもない結果になりそうだからな」



                 ☆




 欧州にある最寄りの空港までジャンプで到着したノエルは、もちろん何の変装をしていない。

 普段から中性的とも言える髪型の上に、濃く長い睫毛はノーメイクにも関わらず目元を自然に強調している。

 ノエルが施している唯一の変装はフウに強制された極小サイズのブラジャーであるが、衣類の上からでは着用しているのは判別出来ないであろう。

 ノエルの人相をあらかじめ知っていたのか、空港ロビーに到着すると出迎えの学校職員が近づいてくる。


「政府機関の人間にしては、随分と可憐に見えるわね」

 学園長と名乗った上品な女性はノエルの性別を聞かされていないのか、気安い口調で話し掛けてくる。

 

「お出迎え、ありがとうございます。

 普段は容姿が評価される事は無いので、嬉しいお言葉です」

 握手を返しながら、ノエルは彼女の人となりを無意識に観察している。


「あらあら、実年齢は見かけよりもかなり上なのかしら」


「いちおう少尉を拝命していますので、そんなに若いわけではありません」

 

「なるほど。

 それで早速だけど、貴方の警護対象者は我儘で扱いが大変なWayward Girl(じゃじゃ馬)なのよ。

 おまけに環境に馴染めないのか、拒食症気味で体力がかなり落ちているわ」


 冷徹過ぎる観察や評価は、彼女が拝金主義とは無縁の真っ当な教育者であるのをノエルに教えてくれる。

 少なくとも預かっている上流階級の子弟に関しては、責任を容易く放棄したりしないであろう。


 ⁎⁎⁎⁎⁎⁎


「セーラ、この子がルームメイトになるノエルよ」


 薄暗い2人部屋で、部屋の隅で膝を抱えている少女が見える。

 ショートカットの整った顔立ちの彼女は、まるで檻に閉じ込められた猛獣のように怯えた雰囲気を発している。

 大きな目はまるで警戒を示すように細められ、ノエルと学園長を横目で視界に収めている。


「ルームメイト要らない」


「……」


「学園長、後は女同士で話し合いますので部屋を出て貰えますか?」

 ノエルの言葉で部屋を黙って出ていく学園長に首を傾げながら、セーラの視線はノエルの動きをしっかりと追っている。


「貴方がセーラね。私はノエル、宜しく」


「オイル語、話せるの?」

 意表をついた突然の母国語に、険しかったセーラの表情が少しだけ緩んだように見える。


「うん。人並みには話せるよ。

 これとりあえずの手土産。お米も暫く食べてないでしょ?」


 ノエルは持っていたポリ袋から、大きな弁当を2つ学習机の上に置く。

 経木の弁当箱に入ったいなり寿司と太巻きは、コンビニのスチロール容器と違って昔ながらの風情が感じられる。


「助六!私の大好物!」


「さすがにお茶はペットボトルだけど、まぁ欧州では手に入らないだろうから勘弁してね」

 ノエルの返答を聞く前に、セーラはがっつく様に食べ始めている。

 手掴みでは無く割り箸を使っているのは、母親に厳しく教育を受けていたからであろう。

 2つ目の弁当を空にして、ようやく人心地が付いた様である。


「久々に美味しく食事できた!」


「この学校の食事は、不味いので有名だもんね」


「あなたは誰の依頼で来たの?」


「君のニホンのお祖父さん」


「……そう」


「ところで、今日の夕飯は何が食べたい?」


「牛丼!」


「吉●家?それとも松●?もしかしてす●家?」


「なんで……そんなにニホン食に詳しいの?」


「ははは、食べ歩きが趣味だからね。

 それで吉●家で良いのかな?」


「どうせ言ってるだけで、手に入らないでしょ?」


「まぁ夕食の時間を楽しみにしていて」


 ⁎⁎⁎⁎⁎⁎


 寮生向けの居室から、職員の家族向けの部屋へ移動した二人は雑談を続けていた。

 部屋を移動したのはノエルの指示であり、学園長も政府関係者から可能な限り便宜を図るように言われているようだ。


「もう欧州で暮らすのは嫌!

 すぐにニホンに帰りたい!」


 ノエルが持参していた歌舞伎揚げをボリボリと齧りながら、少し打ち解けて来たセーラが喋り続ける。

 事前調査で甘辛味が好きと聞いていたので、この煎餅の選択は正解だったのであろう。


「うん。そのつもりだけど、タイミングがあるからもう少し我慢してくれるかな?」


「???」


「今ふらりと出ていくと、誘拐される可能性が高いからね」


「えっ、冗談でしょ?」


「安全に帰国するにはまず体力を戻して、それなりの手順を踏まないとね」


「もしかして、あなたは母さんと同じプロメテウスの人なの?」


「そう。大使館関係者だから、今回迎えに来たんだ」


「そんなに若いのに、大使館に勤務してるの?」


「いちおう駐在武官で、少尉の肩書も持ってるんだよ」


「凄い!私も兵隊さんの訓練を受けてみたいな」


「君もプロメテウスの国籍を持っているから、その機会があるかもね」


「Mon General(了解)


 場にそぐわない拙い敬礼に、ノエルは思わず笑みを浮かべたのであった。

お読みいただきありがとうございます。

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