009.Going Together
打ち上げ会場であるメキシコ料理店。
今日は注目のセーラが参加しているので、売れっ子メンバー達ももれなく参加している。
「セーラ、良く食べるねぇ。
マイラと同じ位食べてるんじゃない?」
今やセッションの常連メンバーになったタルサは、彼女の食べっぷりを見て驚いているようだ。
スタジオの仕事以外にも音楽講師も兼業している彼女は、戦場では活躍の場は無いがシンの音楽活動をサポートしている頼りになる相棒である。
「マリー姐さん以外には負けないと思ってたけど、セーラもすごいね!」
今日はエイミーが不在なので、シンを独占出来るマイラはとても嬉しそうである。
シンの庇護の元で姉そっくりに成長した彼女は、美少女サックスプレーヤーとして名を馳せている。
「久々だから、嬉しい!」
清楚な印象のセーラが、大口を開けて食べ続けている姿は、テレビで見掛ける美少女フードファイターそのものである。母親の教育が厳しかったのか、食べ方も綺麗で好き嫌いも全く無いようだ。
「このブルーのトルティーヤって、随分と久しぶりですね」
ノエルは数カ月ぶりに会った、シンとの会話を楽しんでいるようだ。
「さすが世界を股にかけて育ったノエル君だね。
メキシコでは割とポピュラーみたいだけどね」
「この店はシンさんが紹介してくれたって、聞いてますけど?」
「いや僕じゃなくて、アイさんだよ。
ニホンじゃこのブルーコーンの粉を使った店は、殆ど無いからね」
シンが厨房に向けてサムアップすると、店主?がシンに向けて笑顔を向けているのが見える。
「青っていうのは食欲を抑える色と聞いていますけど、このトルティーヤは本当に美味しいですよね」
「「「Delicioso!」」」
二人の会話を聞いていたスペイン語に堪能な参加メンバーが、店主に向けて歓声を上げる。
彼らはメキシコ料理にも詳しいので、このトルティーヤの美味しさを正当に評価できるのであろう。
「オーナーがメキシコの人だからね。
具材もバリエーションに富んでるし、サルサの味付けも本格的だからね」
「もう満腹なんだけど、食べるのが止まらない!」
セーラは欧州のピンチの際に助けられているので、人見知りの性格にも関わらずシンをまるで実兄のように接している。それはノエルのシンに対する信頼が、彼女にも反映されているのかも知れないが。
「セーラ、食べ過ぎで救急車を呼ばなくて良いように、程々にね」
☆
数日後、Tokyoオフィスの敷地内。
ノエルとセーラはCongoh公用であるEV車を駐車させ、その前で雑談をしている。
巨大な地下建造物があるこの敷地は、都心にありながらまるでサッカー・ピッチのような広い面積を持っている。
おまけに地上にある大使館の建物はとても小規模の上に、防犯上の理由で立木なども一切植えられていない。カモフラージュされた換気塔は存在するが、大使館の敷地として治外法権で無ければ土地の無駄遣いと非難の対象になりそうである。
「車の運転も覚えなくちゃ駄目?」
「そう。僕の相棒になるなら、運転は最低限のスキルの一つだよ。
欧州でも思い知ったでしょ?」
「うん」
「免許証はニホンの身分証明書になるから渡してあるけど、実際に運転出来ないと勿体ないよね」
「渡して貰ったのは、偽造なの?」
「いや公安委員会が発行した、正真正銘の本物だよ。
この惑星では身分証明書として免許証を使うケースが多いから、惑星外居住者向けに各国が発行してるんだ」
「運転を教えてくれるのはノエル?」
「いや、車に関してはアンが担当だからね。
彼女はニホンの自動車指導員資格も持ってるし、優秀なメカニックだから」
「……お邪魔だったかな?」
駐車スペースに現れたアンは、二人の会話を控えめな一言で中断させる。
「時間を取ってくれて、ありがとうございます」
「EVの運転だけで良いんだよね?」
「はい。バイクはトーコの担当なので、取り敢えずこの社用車を運転できるようになれば。
機会があれば、化石燃料車の運転は僕が教えますよ」
「道路交通法の基本は、電動バイクに乗ってすでに大丈夫なんだよね?」
「はい。左側通行もイギリスに居たので違和感は無かったです」
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敷地内で基本的な運転操作を習得したセーラは、助手席のアンの指示で公道へ出ていく。
ノエルは無言で後席に座っている。
「ノエル、私が教える事は何も無さそうだけど?」
数分の運転の後、路肩に止めたアンから早くも合格宣言が出ている。
「ええ。僕もかなり驚いています。
セーラ、自動車を運転するのは初めてだよね?」
「うん。でも電動バイクに乗って走ったから、ニホンの公道は慣れてる」
「トーコが言ってたけど、セーラはレイさんみたいに操縦に関して特別な才能があるのかもね」
「それじゃ、今度ハワイベースに行く時には、セスナに乗ってもらいましょうか」
「マイラの試験に合わせたタイミングで、セーラも訓練出来れば丁度良いかもね」
「……別に私は、パイロットになるつもりは無い」
「そうは言っても、ノエルはジェットもヘリコプターも操縦できるのを知ってた?」
「……ノエルが何でも出来るのは知ってる」
「それはシンさんに対する評価かな。
僕は出来るというだけで、それほど優秀なパイロットとは言えないから」
「ノエル、ニホン滞在が長いから不必要な謙遜が身についちゃったかな?」
アンの笑顔の一言に、大袈裟に肩をすくめてしまうノエルなのであった。
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